推しからの感謝
その後、日用品やスマートフォンなども買い揃え、ボール使用可能な公園など場所を一通り教えていたら、あっという間に日が暮れていた。
「重くね? 荷物持つよ」
「これくらい平気だよ、一人暮らしだからいつものことだし」
とはいえユニクロだけでも結構な量、さらには普段の二倍の日用品や新しく買った調味料などが夢乃の手のひらに跡をつけていく。
(ちょっとキツイかな……)
そう思ったタイミングで、手がふっと軽くなった。
「ダンベルもーらい」
高瀬くんが重たい方の袋を持って、二の腕の筋肉を見せるポーズで袋を上げ下げする。ほっほっと変な声を上げてやるその仕草が面白くて、夢乃はぷっと吹き出す。
「ありがとう」
「こちらこそダンベルどうもサンキュ」
いたずらっぽく笑う高瀬くんはグッズになっていてもおかしくないビジュアルだ。なのに、やっていることはゴリラみたいで。
(さすが、先輩にも後輩にも懐かれる高瀬くんだなあ)
ユーモアに長けている推しの新しい一面を見て、夢乃は幸せな気持ちになったのだった。
◇
シャワーを浴びた高瀬くんが、タオルで髪を拭きながら私を見る。水を汲んで渡すと、突然ぺこりと頭を下げられた。
「どうしたの、急に」
「何から何までしてくれて、ありがとうございます、本当に」
「こちらこそ存在してくれてありがとうございます」
私も腰を九十度に曲げてお礼を申し上げる。
「返し方が斬新だな」
夢乃のヲタク返事はいちいち彼のツボに入るらしく、高瀬くんはけたけたと笑った。
そんな彼に、夢乃は昨夜こっそり行った笑顔の練習の成果を見せる。推しの前では意識しすぎて、自然に笑えないのだ。
「どんな顔だよ、それ」
高瀬くんが眉をひそめて首を傾げる。
「笑顔、です……」
(もっと高瀬くんみたいに、人を元気にする顔で笑いたいんだけどなあ)
高瀬くんにそう伝えると、「元気にする顔かあ。意識してねえからなあ」と思案される。
「ちなみに松崎さんのは、微妙な人に言い寄られたときの顔にしか見えねえ」
「例えがリアルなのよ」
さぞかしモテるであろう高瀬くんが言うとなんだか面白い。夢乃も小さく鼻から笑った。
「じゃあ、おやすみ」
白い掛け布団を羽織って、高瀬くんが告げる。
「おやすみなさい」
神様と挨拶できるなんて、なんたる僥倖なのだろう。
夢乃はこの偶然に心底感謝しながら、ソファーで身を縮こませたのだった。