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拝んでいたら推しが壁から出てきたので共に暮らします  作者: 花倉きいろ
第1章 推しとの暮らし
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有給とは推しのために使う有意義な休暇のことだ

 とりあえず次の日は仕事を休んだ。

この世界を何も知らない高瀬くんを、いきなりを一人にする訳にもいかない。


『闘魂』世界の地方大会に間に合わせるため、あと三ヶ月で彼を元の世界に戻さなくはならない夢乃には、仕事などしている場合ではなかった。


 有給を取ろうとすると渋られるが、元々推しのために働いているのだ。推しのピンチに働いていられるか。


(とりあえず予備の鍵を渡しておこう。幾らかのお金と、あとは……)


向かった先は、野球用品店。高瀬くんも一緒。つまり推しとお出かけなのだが、社会人モードを反映させて乗り切った。ヲタクの夢乃が社会で『普通』を装うための術である。

 

「すげえ! こっちにもマックあるんだ」

 

高瀬くんが目新しいものを見るかのごとく辺りをキョロキョロする。


「中西がさー、好きなモノは後に食うタイプで。俺がいつも要らねえと勘違いしてアイツのポテト食うから、めっちゃ怒られるんだよなあ」

 

 街を歩きながら、けたけたと笑う高瀬くん。チームメイトでエースである中西くんのことを話すときは、ことさら楽しそうだ。

 

 隣で相槌を打ちながら、本当は何度も泡をふいて倒れそうになったけれど何とか耐えて、グラブとバットと野球ボールを購入した。


(だって! 練習できなかったら夏の大会に支障をきたすじゃない!)


 三ヶ月以内に彼を帰すというミッションに気づいてからというものの、夢乃は少しだけ高瀬くんに耐性がついた。

 


『高瀬直人! 日本一速いショートになる男です!』


 高瀬くんの初台詞。そして夢乃作、高瀬くんの名言ランキングの中に入るセリフだ。


(推しの夢は私の夢。倒れてなどいられない!)

 

 この辺りが、『普通をこよなく愛する』ものの、決して普通ではない松崎夢乃であった。


「松崎さん、サンキュー!」


 三点で十万円近く吹っ飛んだけれど、名前×笑顔×感謝に比べたら安いものだ。むしろ夢乃のハートも吹っ飛ぶ。


「リボ払いで」


夢みたいな二次元の彼と、そこだけは現実の生活。


「大丈夫、金とか」

「なんくるないさあ」

「何で沖縄弁」

 

陽気な彼が目を無くすほど細めて笑うから、私服や日用品が必要なことをうっかり忘れてしまった。


「そういや、この辺りにバッセンてある? カン鈍らせたくねえんだよな」


高瀬くんがこちらを見やるので、夢乃は首を傾げる。野球のことは好きだが、自分でやろうと思ったことはないのだ。

確かに高瀬くんの言う通りだ、と野球用品店の店主に聞くと、一駅先に小さいバッティングセンターがあるとのことで、歩いてそこへ向かう。

暦の上では春とはいえ、三月末はまだ寒い。薄手のニットにワイドパンツという出勤コーデを身にまとった夢乃は軽く身震いをする。

 

「制服のジャケット、貸そうか?」

 

 高瀬くんがこちらを見て言った。その瞬間、夢乃の中に欲がよぎる。


(ああ……推しの匂いを嗅ぎたいなんて邪な考えが浮かんですみません……!)


 社会人対未成年としてアウトな考えを振りきって、夢乃は遠慮しながら早足で歩いた。



「おおー、ちゃんとバッセンだ」


夢乃が思っていたより――そしておそらく彼が思っているよりも小さい、個人経営のお店だったが、こちらの世界にも野球があることに安堵したのだろう、高瀬くんが瞳を瞬かせた。


「松崎さんもやる?」

「私はいいよ、体育とかあまり得意じゃないし」

「ふーん、そっか。じゃ、気兼ねなく」


 高瀬くんがカキーン! と快音を鳴らす。これが青葉高校……いや、『闘魂』一のホームラン王のバッティングである。


「高瀬くんのフォームが生で拝めるなんて……私死んだのかもしれない」

「フォームごときで死ぬなって」

「だって、完璧すぎる……! バットの角度、手の位置、捉える瞬間の首の位置、全て原作再現!」

「当たり前だろ、俺なんだから」


さすがに呆れた顔をしたけれど、「まあそこまで見られてんのは悪い気しねえな」と気を良くした高瀬くんが、夢乃が渡した硬貨を入れていく。こんなに素敵な小銭の使い方を、夢乃は人生で初めて経験した。


ひとしきり振り終わって、汗ひとつかいていない高瀬くんがふぅと息をついた。


「サンキューな。ウォーミングアップにはなったぜ」


 野球を語るときにする笑みを浮かべて、高瀬くんは夢乃にお釣りを返した。その際に手が触れて、どきりとする。高瀬くんは何事もない様子で、受付のおじさんに挨拶して帰路へと向かった。

 

(ウォーミングアップか……確かに、150キロの球をホームランにする高瀬くんからしたら、ここの球速は物足りなかったかもしれない……)


次来るときはちゃんと練習になるところを探しておこう、と思いながら、二人はバッティングセンターを後にしたのだった。

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