推しが残したもの
夢乃は呆然としたまま、がくりと膝を落とす。
好きだと言えなかった。最後の最後まで。
「うわあああああ!!」
夜遅くにもかかわらず、夢乃はその場で泣き崩れた。両手を床につけ、涙が下に溜まっていく。
高瀬くん。大好きです。いかないで。いかないで。
部屋中を見渡すけれど、もういない。本当にいない。彼の匂いだけ残して、どこにもいない。
伝えたいことが山ほどあった。それでもあの一瞬で伝えるとしたら、『好き』じゃなかった。
それでも言えたら、よかった。
三ヶ月も一緒にいたのに、覚悟を決めていたはずなのに、後悔ばかりが溢れてくる。
声が枯れるくらい泣き尽くして、涙を拭おうと目線をベッドに向けたときだった。
ベッドの背もたれの隙間になにか挟まっている。立ち上がって確かめてみれば、それは封筒だった。宛名には男の子らしい文字で、『夢乃へ』とある。
夢乃の心臓がどくん、と鳴った。指先が震えるのを必死で抑えて、封筒を開く。初めて見る高瀬くんの筆跡だった。
『夢乃へ。三ヶ月間ありがとう。
カッコ悪いし、顔見たら言えないだろうから、手紙にします。字がきたねえのは許せよ。
俺はこの世界に来る前、センバツに行けなくて、打率も伸び悩んで、それでも努力すればってもがいていた時でした。
それでも結果は出なくて。
もっと才能があれば。アイツみたいになれたら。
そんなことばかり考えていたときに、夢乃に出会いました。
夢に向かって頑張っているところが格好いい!
そう言われたときに、すげえ救われた気持ちになったんだ。
まさか俺を見てる誰かがいるなんて思ってなかったからさ。しかも異次元に(笑) データブックまで出てんだもんな。
向こうに帰っても変なことできねえや。
この世界に来て、俺にとっては当たり前だったことが、そうじゃないって気づく毎日は、新鮮で楽しくて。
きっと夢乃がいたからだと思う。ありがとう。
いくら楽観的な俺でも、帰れるのかとか、どうやって生活しようって、路頭に迷ってたろうから。
二十五歳ってもっと大人のお姉さんのイメージだったから驚いたけど、いつだって反応が面白くて、豊かで、一生懸命な夢乃を見て、なんていうのかな……
俺、国語二だったの忘れてた。あ、五段階のな。
ので、余計なことは省くわ。
夢乃のことが好きです。
夢乃がこの先もっと大人になって、他の誰かと結婚しても、夢乃をずっと好きです。
本音をいうと、俺が幸せにしたかった。
でも、俺がいなくても幸せになってほしい。
夢乃は夢がないって何度も言うけれど、絶対そんなことねえから。だから、夢乃が本当の自分の夢を叶えられることを、笑っていられることを願って、俺のミサンガに託します。
すげーいい男選んで、幸せにならねえと怒るからな。
欲をいうなら、二次元では一生、俺を一番に、好きでいてください。
幸せになれよ
高瀬直人 』
手紙を読み終えた夢乃は泣き笑いの表情を浮かべた。涙が落ちて便箋を濡らしてしまわないよう距離を保ちながら、高瀬くん、と呟く。
(最後の言葉が『好きです』、じゃないところまで、似てたんだなあ)
涙が鎖骨に溜まって流れていく。けれど、彼が消えてしまったときの茫然自失の涙とは少し違っていた。
「私も、あなたのことが大好きです。
高瀬くんの夢、必ず叶えるね」
夢乃は便箋をそっと胸に抱きかかえた。
高瀬直人という存在がくれた色んなものを忘れないように、誓いを込めて。




