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拝んでいたら推しが壁から出てきたので共に暮らします  作者: 花倉きいろ
夢と恋の狭間
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高瀬くん、坊主になる

 六月中旬にもなると、冷たいお茶が美味しく感じる。コンビニの冷やし中華の垂れ幕を見ながら、夢乃はLINEを確認した。


「お疲れ様」


 その相手はもちろん高瀬くんである。LINEの返事ではなく生声に顔を上げると、高瀬くんは暑そうにシャツの胸元をつまんだ。

 

「今日はより暑いね」

「だな、なんかジメジメしてる」

「練習は終わった?」

「一通りは。あー腹減った」


 高瀬くんの練習メニューはハードだ。今は夜の七時。それではお腹もすくだろう。いつも作ってもらってばかりなので、夢乃は頭に浮かんだワードをそのまま口に出す。

 

「そうだ、ラーメン食べに行く?お気に入りの店があるんだ」

「ラーメン? この暑いのに?」

「ほんとに美味しいんだって」

 

 夢乃がその店の良さを熱弁すると、お腹を押さえる高瀬くん。

 

「想像したら腹減ってきた。じゃ行こうぜ」

 

 麺の太さや種類が選べて、おかわり自由のこの店は、給料日前の外食に重宝させてもらっている。

 夢乃はちぢれ麺を、高瀬くんは王道に細麺を選んで、席に着く。

「あいよ~」と大きな声が店内に響いて、その緩さが、夢乃を仕事モードからアフターファイブへと切り替えていく。

 

「一人でよく来るの?」

「来るよ。一人ラーメンも一人カレーも万歳」

「夢乃らしいな」

 高瀬くんがサイドメニューを見ながら頬に笑みを乗せる。

「俺は中西とかとよく来るかなあ」

「エースの?」

「ああ、そうそう」

 

 150キロのストレートが持ち味の中西くんと、ホームラン王の高瀬くんのコンビは原作でも仲良しで有名だ。

 

「やっぱり仲良いんだね」

「アイツ、マウンドに立つと性格変わるけど、普段はわりとオドオドしててさ。でも食いもんに関しては別なの」

「マックのポテト食べて高瀬くんが怒られるんだっけ?」

「そうそう」

 

 懐かしそうにしながら、運ばれてきたラーメンにいただきますの姿勢をとる。高瀬くんはこれを家でも欠かしたことがない。そういうところが素敵だなあと、夢乃は同じように手を合わせる。


 ラーメンを美味しい美味しいと言って食べる高瀬くん。やっぱり育ち盛りなだけあって、食べるペースも量も、夢乃とは桁違いだ。

 

「自分で作る飯も美味いけど、人が作るのはやっぱ最高だよな」

 

 ラーメンを啜りながら味玉を割る高瀬くんはなんとも幸せそうだ。

 

「それすごくわかる。ごめんね、この三ヶ月頼りっきりで……」

「宿賃だって言ったじゃん。それでも全然足りねえくらいだし」

 

 野球グッズだろ、服だろ、スマホだろ、新幹線代に、と指を折って数えだした高瀬くんを止めれば、「そっか、まだ三ヶ月か」と高瀬くんが呟く。

 

「まだ三ヶ月しか経ってないのに、青葉でのことが何年も前のことみたいだ」

「……」

 

 アイツらに会いてえな、と聞こえないくらいの声で彼が零したのを、夢乃は聞き逃さなかった。


「あーここ美味かった! さすが夢乃のオススメ」

 

 にやりと視線を向けられて、食べ物に目がないレッテルを貼られていることに気づく。


「美味しいもの食べろって言ったの、高瀬くんじゃない!」

「そうだな。美味い飯はいいぜ、悩み事とか全部吹っ飛ぶ」

「それは高瀬くんだからだよ」

「そうか?」


 不思議そうに首を傾けたあと、高瀬くんは両手を組んで伸びをする。


「またオススメの場所教えてくれよ」

「でも、教えたってもうあまり日がないよ?」

「夢乃の仕事待ってる間に行く」

「えー! ずるい!」

「まだ高校生ですから」

 と笑いながら二人はラーメン屋を後にしたのだった。


 



 

 洗面所でストレートアイロンと格闘しながら、夢乃はついに不満を爆発させた。


「あー、縮毛当てたい」

 

 日々広がりを見せる髪にドラッグストアのヘアオイルを塗るが、髪の反発が勝ってしまうのだ。

 

 年に一回、梅雨入り前に縮毛矯正を当てているのだが、今年は高瀬くんのこともあって余裕がなかったのだ。


「縮毛ってなに?」

「ストレートパーマみたいなもん。高瀬くんはいいなあ、猫っ毛で」

「猫っ毛には猫っ毛なりの悩みがあるんですよー」


 なんて言いながらブラシで梳かしている髪は、真っ直ぐで綺麗な茶色をしている。


「明日にでも美容院行こうかな。行ってきていい? ちょっと時間かかるけど」


 高瀬くんの髪を見てると無性に羨ましくなって夢乃が言うと、予想外の返事がきた。


「俺も行こうかな」

「え、高瀬くん髪切っちゃうの!?」

「こうも暑いと、バット振る時前髪邪魔だし」


 (それは原作のときから思っていたけれど……)


 夢乃のツッコミはおいておいて、推しが髪型を変えるのは一大事だ。

 

 高瀬くんなら黒髪だろうが、七三分けだろうがなんだって似合うに違いない。金色の瞳に合わせて金髪にしても華やかなアイドルに見られそうだ。


「でも、切りすぎないでね……!?」


 推しの今の雰囲気がなくなってしまうというのは、なんとも切ないものである。イメージチェンジあたりに留めてほしい、という全高瀬くんヲタクの願いを込めて、翌日二人は美容院へと向かった。

 

 担当の美容師さんが運良く空いていて高瀬くんを連れて伺うと、「あらー! イケメン!」と目を見張られる。

 けれど接客業なだけあってそれは決して大声ではなくて、見目を褒められることが苦手な人もいるのだろう、そういった気遣いができるところが夢乃が指名している理由だった。


 高瀬くんは別の男の美容師さんの元に通され、夢乃はカットから入る。薬剤をつけて頭の上を機械が回っているうちに眠ってしまったのがいけなかった。


 夢乃の数時間に及ぶ施術が終わったあと、高瀬くんの姿を探すが、どこにも見当たらない。


 (カフェにでも行ったのかな……)


 とスマホを確認しようとすれば、

「ここ、ここ」と声が聞こえて振り向く。

 そこにいたのは美容室の待合の席でマンガを読んでいる少年で…………


「高瀬くん!?」


 そこには坊主姿の高瀬くんがいた。

 

「高校生で野球やってるって言ったら切られた……」


 項垂れる高瀬くんの髪の毛は丸坊主というわけではないが、本人曰く六ミリ程度らしい。

 

 元は暗めの茶髪に口の下まである襟足、そして長い前髪からM字になっているのが特徴的だったからこそ、ギャップが激しくて脳がぐらりとする。


「推しの……推しの御髪があぁー……っ!」

 

 その場でしゃがみこむ夢乃にいつもなら手を差し伸べる高瀬くんだが、本人も相当ショックらしく何も言わなかった。


「いや! 似合ってる! めちゃくちゃ似合ってるよ!? 整った顔が前面に出てこれはこれでありだよ!? てか高瀬くんに似合わない髪型なんてないし! でも……」


 このままの髪型で元の世界に返したら、全高瀬くんヲタクに申し訳がつかない。本当に中西くんの人気投票が低いのが坊主だからだとしたら、高瀬くんのランキングにだって関わる。作者様に対しては切腹ものだ。

 

「ちょっと文句言ってくる! なんて名前の美容師さん!?」


 夢乃が店の奥に戻ろうとしたとき、やっと高瀬くんが夢乃の腕を掴んだ。


「よかった……」

「よかったって、なにが!?」


 夢乃の声には怒気が孕んでいる。もちろん高瀬くんに対してではない。


「夢乃にガッカリされるんじゃないかって思ってたから。夢乃がいいならこれでいい」


 座っている状態から子犬のような目で見上げたあと、いつも通り切れ長の目を存分に細めて笑う顔はやっぱり高瀬くんそのもので。

 そんなキラーワードを吐かれたら、夢乃の怒りも浄化されてしまう。


「分かった……」


 自分の仕上がりにはるんるん、しかし高瀬くんに関してはどうしたものかと頭を悩ませながら家に着く。

 

「先にシャワー借りるね?」


 (そういえば、髪型について何も言われなかったな……確かに真っ直ぐになっただけだけど)


 内心で少ししょげていると、高瀬くんがタオルを手渡した。


「言い忘れてたけど、似合ってんじゃん」


 ワンカールにしてもらった毛先をつまんで、可愛い、と微笑みを浮かべる。

 

「ど、どうもありがとう!」


 その距離の近さと優しい笑顔の破壊力に、夢乃は顔を真っ赤にして逃げ去るようにバスルームへと向かった。


 ◇

 

 翌日、朝練のため早起きした高瀬くんが、鏡を見て叫び声を上げた。何事かと夢乃が駆けつければ、そこには濃い茶色の長い襟足にM字バング、この世界に来たときのままの姿の高瀬くんがいて。


「ええええええ!?」


 夢乃も思わず大声を上げる。

 そういえば三ヶ月もこちらにいるのに、高瀬くんの髪は全然伸びた様子はなかった。


 (キャラデザは作者様以外変えられないってことか……)

 

 次元の壁とは、摩訶不思議である。

 つくづくそう感じた夢乃であった。

 

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