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拝んでいたら推しが壁から出てきたので共に暮らします  作者: 花倉きいろ
第1章 推しとの暮らし
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キャラソン事件

 ソファで寝ると言った高瀬くんを断固拒否したため、推しが今、自分のベッドで眠っている。

公式で適応力が高いと明記されているだけあって、異次元、しかも自身のグッズにまみれてすやすやと寝息をたてていた。

 

(ああ……っご尊顔を拝見したい……!)

 

 寝顔を想像しながらソファでのたうち回る。推しと同じ空気を吸っているなんてあり得ない。推しの匂いまで感じる気がする。

 

(あああシーツ洗っておけばよかった! あり得ない最悪)

 

 感情の大爆発を起こしながら、本人が近くにいるにも関わらず、夢乃は高瀬くんの顔がプリントされたクッションを抱き締めるのだった。





 自分の全身が描かれたブランケットを羽織りながら、高瀬は夢を見ていた。

 

 夏の陽射しの中、グラウンドの土を踏みしめる。

延長十二回。体力的にも限界が近づく中、あと一歩で甲子園、という気持ちが高瀬たちナインを支えていた。


 相手選手のテーマ曲、ルパン三世がブラスバンドによって壮大に流れる。

ツーアウト満塁。相手にとって絶好のチャンス。


(ここを守って、絶対に次に繋げっぞ!)


 俺たちの想いが通じたのか、中西はこちらを見たあと、サインにこくりと頷いた。


中西が振りかぶる。その瞬間、俺たちの時が止まった。



「フォアボール! なんと青葉高校、押し出しサヨナラ負けーっ!」



 勝利の歓声。敗北の悲鳴。すべての音が遠のいてゆく。 視界がぐらりと揺れた。




 ♪♪〜♪~♪

 

 明け方まで全く眠れず、ようやくうとうとしはじめていた夢乃は、華麗なるメロディーで飛び起きた。顔は真っ青である。

 

(は、早く止めなきゃ! スマホどこ!?)

 

 朝のアラームは三回セットしてあるので、いつもなら二度寝を決め込むところだ。この焦りには訳があった。


 「ん……朝?」


 てんやわんやでスマホを探しているうちに、なぜか真っ青な顔をした高瀬くんと、瓜二つの声が流れ始める。


「ああああああ」

 

 夢乃はがっくりと項垂れた。最悪だ。両手で顔を覆いながら、指の隙間で流れる曲の歌手こと、高瀬くんを見やる。当の本人は全く気がついてない様子で、夢見でも悪かったのだろうか、頭を抱えてこちらを見た。

 

「松崎さん? なにごと?」

「えっと……この歌、高瀬くんの曲で」

「は?」


 高瀬くんが眉間の皺をより一層深くする。


「イメージソングってこと?」

「いえ……高瀬くん本人が歌っております」


飾ってあったCDを貢ぎ物のように差し出すと、高瀬くんが大声を上げた。


「はああ!?」


ジャケット写真にはデカデカと高瀬くんの顔が印刷されている。野球要素はどこにもないそれを、穴が開くほど見つめて、


「いや俺、歌った覚えねえけど」


とマジレス……本気の返事をするから夢乃は変な声を上げてしまった。

 

「ぷっ……」

「笑うとこ?」


 少しむっとしつつ、聞かせろよという高瀬くんの興味に応じてイヤホンとスマホを渡す。


 高瀬くんがイヤホンの片耳を夢乃に差して、もう片方を自分の耳にはめながら「高瀬直人」の曲を再生した。

彼の襟足が当たるほどの距離に、夢乃は思わず声を上げて立ち上がった。


「あの! あなた推されてるって分かってる!?」


 イヤホンごと引っ張られた高瀬くんが、またも眉間を寄せる。


「推しってのはよくわからねえけど、応援されてるのは分かる」


「ファン! 信者! そんなヤバい人と気軽にスキンシップしちゃダメ!」


 厳しい声を出す夢乃に高瀬くんはしゅんと子犬のような表情を浮かべた。

コミュニケーション能力が高く、部員にも慕われている彼にとって、この距離感は普通なのだろう。コロコロと変わる表情に、夢乃の心はずっきゅんと射ぬかれる。

 

 実は高瀬くんに怒ったのはこれで二度目だ。一度目は昨夜、ソファで寝ると言い張られた時である。


「大切な身体を痛めて野球に差し支えたらどうするの!」


 これがいわゆる”ガチ勢”ヲタクというものである。


「松崎さんって怒るんだ……」


萎縮しながらも、夢乃の想いを理解してくれたのか、彼はベッドに寝ることになったのだ。



「忘れてた。聞くんだったよね」


 スマホをタップして、高瀬直人のキャラクターソング、”空”を再生する。


「ていうか、そもそもなんで俺歌ってんの?」

 

(それは公式に聞いてくれ……)

 

もっともすぎる問いに、曖昧に微笑む。社会人の技術として会得しておいてよかったと心から思った。


”きっと君も見ているから どうか 届きますように”


そのフレーズで締められた曲を聞き終わって、高瀬くんが目尻を下げた。


「結構いい曲じゃん。俺って歌上手いんだな」


(自画自賛するところも大好きです!)

 

 心で拍手喝采しながらも、夢乃はボイスドラマCDをそっと隠したのだった。

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