最後の一ヶ月
(高瀬くんを元の世界に帰してください……!)
夢乃は必死に願う。二人して正座の態勢を取り、夢乃は合わせた両手に力を込め、高瀬くんは膝の上に拳を作っていた。二人の間に緊張が走る。
だが、何も起きない。何度も試したが壁は少しも光らなかった。
「た、高瀬くん……」
「ああ」
あれから小一時間が経過している。ということは。
二人して痺れた足を一斉に投げ出した。
「失敗、した……?」
「マジで……?」
「はぁ……っ!」
「なんだよー、緊張して損した」
高瀬くんが片膝だけ抱えて深く息を吐く。
「向こうが満月じゃなかったのかな……それとも月は関係ない?」
「いや、月が無関係とは思えねえ。他にも原因があるのかも。こっちに来た日のこと、お互い詳しく伝え合おうぜ」
そんな高瀬くんの提案で、二人はあの日のことを詳しく語り合った。
夢乃の場合。
仕事でトラブルがあってひどく疲れていたこと。
一度でいいから会いたいと願ったこと。
高瀬くんの場合。
センバツに出られなかった悔しさからオーバーワークをしてしまっていたこと。
そんな日の帰り道、家の前の交差点が眩しいほど光っていて、何かと思って近づいたら身体がちぎれるような感覚がしたこと。
その後、夢乃が目の前にいたこと。
「ってことはもしかして、私が仕事で落ち込んだり、疲れたりすることが条件……?」
しかもあの日はしょげる程度のモノではなかった。大して飲めもしないのに、ヤケ酒しようかと思ったほどだ。
「そんな状態の松崎さん残して帰れるかよ……」
高瀬くんが眉をひそめる。
「でも、私が安易に会いたいなんて願っちゃったから。試してみる価値はあると思う」
満月の周期はだいたい平均二十九日半。ということは、
「あと一ヶ月間、よろしく」
高瀬くんが少し恥ずかしそうに手を出した。
最後のお別れだと思っていた分、昨夜言ったことの恥ずかしさが急に舞い上がってくる。
けれど、純粋に嬉しかった。高瀬くんもガッカリしているようには見えなかった。
「うん、よろしくね」
泣いても笑っても、最後の一ヶ月間。今度こそ失敗は許されない。夢乃と高瀬くんは固く握手した。
◇
暦が六月になって、日差しがきつくなってきた。いよいよ本格的な夏が始まる。
あれから二人は話し合って、色んな『最後のこと』をしようと決めた。できるだけ心残りがないように、と。
練習や仕事はもちろん普段通り。けれど、今まで帰る方法を調べていた時間などをそこに当てる。
習慣になっていた朝のキャッチボールでも変化が見られた。
「ボール取れるようになってきたじゃん!」
「へへ、高瀬くんのおかげだよ」
ボールを返しながら、夢乃は少し誇らしそうな顔をする。
いい感じ、と受け取った高瀬くんが、口を開いた。
「なあ松崎さん、来週末どっか行かね?」
「どっかって?」
「だから、デート。最初で最後のデート、行こうぜ」
「デ、」
その言葉にテンパっていたら、ボールが手にぶつかった。
「おいおい大丈夫かよ」
「高瀬くんが突然すぎるんだよ!」
「だって、一秒でも惜しいだろ」
相変わらずの笑顔を浮かべてキラーワードを発する彼は、なにを考えているのだろう。
「で、返事は?」
高瀬くんが目を逸らして頭をかく。少し照れくさいときの彼の仕草だ。
「もちろん、行きたい」
ボールを投げ返しながら大声で答えると、彼は少し驚いてそのボールをキャッチする。
「松崎さん、俺が来た頃となにか変わったよな。OK、後でふたりで決めようぜ」
満面の笑みを浮かべて高瀬くんがピースサインをする。夢乃もうん、と頷いた。
怒涛に更新していきます!




