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拝んでいたら推しが壁から出てきたので共に暮らします  作者: 花倉きいろ
夢と恋の狭間
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見つかった帰る方法

 高瀬くんに昔のことを打ち明けてから一ヶ月。

 夢乃が仕事でミスをしてからというもの、高瀬くんは職場まで迎えに来てくれることが増えた。そこから二人で公園に行って素振りを見守るというルーティンまで出来上がった。

 

 そして高瀬くんは今までのような深夜の素振りは辞め、夢乃の睡眠不足を気づかって早めに終わるようになった。

 

「ごめんね……夏大も近いのに満足に練習できなくて」


 社会人野球の方も子育てが忙しいのか、人数はなかなか集まらないらしい。


『俺にこんな幹事みたいなことさせてんだから、今度こそ飯付き合えよ』


 と祐介に釘を刺されたばかりである。


「松崎さんのせいじゃねえよ。今はできることをやるだけ。それより俺のいないチームの方が心配だな」


 本当は不安で仕方ないだろうに、笑ってそう言える彼はやっぱり素敵な人だな、と夢乃は改めて思った。


 バットを肩で抱えながら、二人で夜道を帰る。夜の散歩みたいで、公園から家までの十分間のおしゃべりが仕事の疲れを溶かすのだ。


 高瀬くんが飲みたいと言った炭酸ドリンクを自販機で買っていると、彼は空を見上げてうぉっと歓声を上げた。


「どうしたの?」


 都会では星はそんなに見えないはずだ。何事かと夢乃も上を見る。

 

「すげぇ、もうすぐ満月だな。月が綺麗」

「ほんとだね、吸い込まれそう」

「そういやこの世界に来た日も満月だったなあ」

「そうなの?」


 夢乃は頭の中で記憶を辿る。へとへとになって夕飯をコンビニで買ったのは覚えているが、確かに月は丸かった気がする。そこで夢乃はハッとした。

 

 (もしかして、互いの世界が満月になる日に次元の扉が開くんじゃ……!)


 そうだとしたらもう時間がない。明日、明後日にはこの月は完全な円になるだろう。


 (高瀬くんに言わなきゃ!)


「あのね、高瀬くん」

「ん?」

「あの……」


 帰る方法が見つかったかもしれない。

 ただそう言うだけなのに、どうしても言葉にならない。喉に何かが突っかかったように声に出せなかった。


(この日が来るのはわかっていたはずなのに)


 そう、いつか来ると分かっていた。けれどまだ時間はあると思っていたのだ。こんなに早くその日が来るなんて思ってもいなかった。だってまだ、五月の下旬である。


 (高瀬くんが、いなくなる)

 そう思うと息が出来なくなる。ヒュッという音が口から漏れた。


 「どうした?」


 高瀬くんが飲み終わったペットボトルの蓋を閉めて、心配そうにこちらを見る。夢乃は結局、なんでもない、と首を横に振ることしかできなかった。



 ◇

 その日の夜、夢乃はソファの上でクッションを抱えながら高瀬くんとの生活を思い出していた。


 初めて出会った日のこと。鼻血を出して倒れたのを呆れながらも笑ってくれたっけ。

 

 一緒に暮らしていくうちに、画面越しでは分からなかった一面を見て、少年らしさを感じたなあ。


じっちゃんやチームメイトの話を聞いたときは胸が締め付けられて、早く帰してあげないと! そう思った。

 

 センバツでは強い眼差しで前を見据えていて。

『俺も絶対、この場所に立つ』

 神様から護るべき存在へと変わっていったんだった。


 バッティングセンターで初めて当てたときは、嬉しかったなあ。思わずハイタッチしちゃったっけ。


『へたくそー』

 高瀬くんのいたずらな笑顔が浮かんでくる。


『すっげえ楽しくて、好きなんだよ』

 野球のことを褒めたら、すごく嬉しそうに笑っていた。


『不安なんだ……』

 そんな高瀬くんが初めて見せた弱さ。


『手、握ってて。怪我してない方』

 初めて一緒に眠った夜。高瀬くんを好きになってしまった夜。心臓の音、壊れそうなほど早かったな。


 高瀬くんの美味しい料理を食べて、夜はテレビを見てなんでもない話をして。会社から帰る道があんなに幸せなんて知らなかった。

 

 いつの間にか、一緒にいるのが当たり前になって。

 だけど。

 

『野球が好きだから』

『好きなもので、一番になりてえ。そのためなら、なんだってできる』


 いつだって夢乃の心を一番揺さぶるのは、高瀬くんの野球に対する姿勢だった。


 (高瀬くんの夢を叶えたい。もう二度と会えなくなったとしても。例え、彼の中から私が消えてしまったとしても)


 夢乃はゆっくり目を閉じた。伝える言葉はもう決まっていた。

 

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