プロとの対戦
今日は祐介がセッティングしてくれた社会人野球の日。子どもが生まれたことで解散したとのことだったけれど、一度でいいからどうしても! と祐介にお願いしたところ、縁を結んでくれた。
「よ」
「祐介、今日はありがとうね」
「いーってことよ」
「あざっす」
帽子をかぶっていた高瀬くんが帽子を取ってぺこりと頭を下げる。
「「『闘魂』の高瀬!?」」
すると祐介と同時に、社会人野球のメンバーからも声が聞こえてきた。夢乃と高瀬くんはともにギクリと肩を上げる。
「高野くんです。すごく似てますよね」
「高野直也です、よろしくお願いします!」
高校球児らしく腕を後ろで組み、大きい声で挨拶をする高瀬くん……高野くん。
『闘魂』は人気少年漫画だ。野球が好きな大人が集まるということで、高瀬くんのことを知っている人もいるかもしれない。余計な混乱は避けたいので偽名を使おう、と夢乃が考えた策だ。
「おい夢乃、あんなに似てるヤツどこで拾ってきたんだよ。ついに誘拐か?」
言われると思った台詞をそのまま、祐介に眉をひそめられる。
「ははは……遠縁の子を預かってまして……」
「嘘つけ。そんなヤツ居てたまるか。社会人野球頼んだのもアイツのためか?」
「そうなの。大変だったでしょ、ごめんね」
「や、それはいいけど。ふーん、高野直也、か」
そんな祐介と夢乃をおいて、試合は進んでいく。
「にしてもバッティングまで高瀬並に上手いなー、どこの高校?」
「えーと、」
「俺は花坂東。岩手から上京してきたんだよ」
社会人チームのエースである男性が鼻高々に言う。といっても高瀬くんは花坂東が強豪校であることを知らないだろう。
「ま、ずっと二軍だったんだけどな。でもコイツと同じ学校だったんだぜ。さすがに知ってんだろ?大田翔平」
「大田翔平!?」
高瀬くんが途端に大声を出した。私も驚いて口を開ける。
大田翔平といえば、日本で知らない人はいないプロ野球選手だ。二刀流で、投げても優秀、打っても優秀。確か高瀬くんもキャラクターブックで、憧れの選手に挙げていた。
「マジっすか! 知り合いなんすか!? 羨ましい」
「やっぱ翔平のファンかぁー」
「ファンっつーのもおこがましいっていうか……」
「もうすぐ横浜との試合だから、近くにいるんじゃねえかな。『闘魂』の帯コメントも担当してたし、お前のこと言ったら、多分興味持つよ」
連絡してみようぜ! と身内のノリでなり、高瀬くんはエースの人に肩を組まれる。ピースサインの大人と、ガチガチに固まった高校生のツーショットの出来上がりだ。
そして緩く試合を再開して一時間ほど。高瀬くんのいるチームが圧倒的勝利を収めたあたりで、サングラスをかけた長身の男性が現れた。
それに気がついたエースの人が、
「おおー、大田! こっちこっち!」と手を振る。
「ランニング中だったからよかったものの、こんなことで呼び出すな」
高瀬くんの方をちらりと見てから、長身男性がエースの人に苦言を呈す。
(この人が、大田翔平……)
肩幅から太ももまでがっしりしていて、ガタイが大きいとはこのことか、と夢乃は見やる。高瀬くんも同様にぽーっと彼を見つめていた。
「まあまあ、バッティングまで似てんだって!
ちょっと見てけよ」
「ったく……お前が言うなら五分だけな」
ほら高野くん、と呼ばれてバッターボックスに入る。
緊張して実力が出せなかったらどうしよう……
という夢乃の不安は、危惧に終わった。
高瀬くんも大田選手に見られて張り切っているのか、三球勝負を全球ホームランに仕留める、という凄技をやってのけたのだ。
そして人差し指を突き上げる。いつもの、『俺が一番』ポーズだ。
「マジかよ……」と隣でつぶやく祐介の声がする。
仕方がない。祐介には何度も高瀬くんが準決勝でホームランを打つシーンを見せたことがある。生き写しにしか見えないだろう。
「お前ー! さすがに全球は傷つくだろ!」
「すんません」
と言いながら二人とも笑っている。それを見て、大田選手はサングラスを外した。
「名は高野くん、と言ったかな」
「あ、……はいっ!」
憧れの人に声をかけられた高瀬くんは、両手両足をきっちり揃えて返事する。
「高瀬直人のファンなのか? フォームから何までそっくりだ」
「や……えと……はい……」
今度はしどろもどろになって答える。それもそうだ。本人なのだから。夢乃は祐介の目を盗んでくすくすと笑う。
「控えとはいえ花坂東の元ピッチャーを全球ホームランとはな。面白い、俺が投げよう」
「えっ、ええええ?! 俺が打つんすか!?」
「他に誰がいるんだ」
こうして、現役最強プロ野球選手こと、大田翔平選手と、二次元でドラフトナンバーワン候補の高校生の勝負が始まった。
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