俺が帰ったあとも
自主練で定時より遅くなる、と連絡が来た。高瀬くんはいつも料理を作って待ってくれている。
いいよ、と何度言っても宿賃だと言って聞かないので、有難く頂いていたのだが。
(今日は私が腕を振るうぞ……!)
日頃の練習で疲れているだろう身体のために、タンパク質中心のメニューを考え、今晩はトンテキに決まった。
じっちゃんの芋煮ぶりの料理に緊張したものの、メインのトンテキは和風ソースで美味しくできた。が……
「すげえ! 美味そう」
と言った高瀬くんの箸がお味噌汁で止まる。
「なんか風味が……豊か……?」
「え、ただのだしの素だよ?」
出汁からとる技術など面倒くさがりやの夢乃にはない。一口食べてみて、夢乃はうっと顔を顰めた。
冷蔵庫から出しっぱなしになっていた調味料を確認する。
「これ、だしの素じゃなくてきな粉だ……っ」
(最悪! 穴があったら入りたい……!)
「ごめん! 捨てるね!」
高瀬くん用のお椀を取り上げようとすると、彼がその手を止めた。
「ストーーーップ。勿体ないだろ」
「で、でも……きな粉だよ? お味噌汁に」
「ま、きな粉って余りがちだし、使えてよかったんじゃん?」
大したことなさそうな顔で言う高瀬くんに、私はきょとんとする。
「だしの素程度しか入れてないから全然飲めるし。むしろ新発見」
「慰めてくれてるの……?」
「いや、本心」
ことなげもない顔で夢乃を見る。そして、作ってくれてありがとな! と歯を見せた。
(そうか、そういう捉え方もあるのか……)
失敗を引きずりがちでネガティブな夢乃にはない発想である。
こんな小さな物事ひとつで、考えがこんなに違うなんて、根っからのポジティブな高瀬くんには学ぶところがたくさんあるな、と思った。
「それより、センバツのときも思ったけど、松崎さん、ホント美味そうに食うよな」
トンテキにナイフを通し頬張る私に、高瀬くんは今度は苦笑を浮かべてこちらを見る。その顔に嫌気がないのを見て安堵してから、「食べるのが好きなんだもん」と反論する。
「笑顔より先に見たの、美味そうに食ってる顔だもん」
「あのカツ美味しかったよね」
「だなー、また食いてえな」
高瀬くんがご飯を食べながら目線を宙に上げる。
「元の世界にもあんのかな」
ひょっとした言葉に、夢乃の心がずきりと痛んだ。
土日や休憩時間など、時間があればトリップから次元空間について幅広く資料を調べているが、手がかりは一切見つかっていない。
そのせいか、まるで一緒にいるのが当たり前のような存在になっていた。
「松崎さんといると楽しいわ」
高瀬くんが体を揺らして笑う。
「からかう対象としてでしょ」
「そんなことないって」
「……私も、高瀬くんといると楽しいよ」
(そう、いなくなった後が想像できないくらい)
その言葉は心に秘めた。高瀬くんは「それはよかった」とまた目尻を下げて柔らかく微笑む。
高瀬くんとの生活に慣れたと思っていたが、初めて見る表情にいちいちときめいてしまう。
「俺が帰ったあとも笑ってたらいいな、松崎さん」
食器洗いをしながら、高瀬くんが呟いた。
第2章 完
第3章からは週2~連載になります。




