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拝んでいたら推しが壁から出てきたので共に暮らします  作者: 花倉きいろ
第2章 神様の変化
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推しの夢

(帰る方法が見つからないならば、まず彼が無事に帰れるという前提で話を進めよう)


 仕事終わり、帰路についた夢乃はノートにペンで書き出していく。


 まず、彼は内野だ。グラブ捌きを衰えさせてはいけない。ホームラン王だからバッティングも素振りだけではいけないだろう。


 (社会人サークルにでも入れたらいいんだけれど……会社の交友関係、ほとんど絶っていたからなあ)


 LINEで祐介に声をかけてみれば、探しておく、との返事が来た。


 (顔の広い祐介でも知らないってことは、間に合うか分かんないなあ)


昨夜の様子を思い返す。帰りたい、と零した高瀬くん。その気持ちはもちろんだけれど、それを夢乃に吐露してしまったことも含めて、彼は落ち込んでるだろう。

夢乃は小さくため息をついた。

 

 ペンを取って一念発起したものの、いい報告ができそうになくて夢乃は爪をいじる。なにかできないものだろうか、と考えて、ふと思いついた。


 (そうだ! 夕飯、高瀬くんの好物にしよう!)


 それで何かが変わるわけではないけれど、高瀬くんの気分転換にはなるかもしれない。

 キャラクターブックを開かなくても隅々まで暗記したので覚えている。彼の好物は、「じっちゃんが作った芋煮」だ。

自転車の鍵といくつかのエコバッグを引っ張り出して、夢乃は大急ぎで部屋を出た。





「ただいまー、なんかいい香りする」


 補導されちゃう、という夢乃の注意をしっかり守って、夜九時すぎに高瀬くんが玄関を開けた。


「おー、おかえりぃぃ」


 それに対して夢乃は、なるべく低く派手に抑揚をつけた声で応える。


「松崎さん? どうした……って!?」


 高瀬くんは夢乃の姿を見て思わずボールを床に落とす。そこには、原作で一度出てきただけの彼の『じっちゃん』に扮装した夢乃がいたからだ。


「えっいやそれ、俺の、じっちゃん……? すげえ似てる」


 ドン・キホーテで買った老人のヅラはたまたま高瀬くんのじっちゃんにそっくりだったのが幸いした。あとはアイプチで目の窪みを作り、茶色のシャドウやシェーディングを駆使してこけとシワを作り、印象的な大きめの泣きぼくろを丸く書けばじっちゃんの完成である。


 元々高瀬くん以外のキャラクターでコスプレの経験があったのと、老人メイクをしているYouTuberを参考したのとで夢乃にも再現できた。


 しかしじっちゃんとの会話は、高瀬くんの「行ってきます」だけで、口調が分からない。だから夢乃はイマジネーションじっちゃんを演じながら、芋煮をテーブルに運んだ。


「今日は直人の好きな芋煮じゃぞうー! ほれ、食べ食べ」

「やべえ! 誰だよそれ! 中身全然似てねえ!」


 高瀬くんがお腹を抱えてお辞儀の角度で笑いはじめる。

 

「つかなんで? なんで急にじっちゃん?」

「高瀬くん昨日落ち込んでるみたいじゃったから、好物作りたくて……じっちゃんの芋煮、好きじゃろ?」

「だからって松崎さん、発想が斜め上すぎんだろ!」


 胸があるじっちゃん、そして謎の老人喋りを続ける夢乃が面白いらしく、高瀬くんはひーひーと笑いながら机を叩く。


「やべ、笑いすぎてくるし……」


 散々笑い倒して、顔を上げた高瀬くんの片頬には涙が伝っていた。それに驚いて、夢乃は素に戻って高瀬くん!? と呼びかける。

 

「あれ、なんで泣いてんだろ俺……松崎さんが面白すぎるからかな」

「高瀬くん……」

「人前で泣いたこと、一回しかねえのになあ。ごめん、なんか止まんねえや」


 高瀬くんは目元を拭いながらも、いただきます、と手を合わせて綺麗な箸使いで芋煮をつまむ。そしてぽつりぽつりと語りだした。


「俺、父子家庭で父親が忙しかったから、小さい頃はずっとじっちゃんちに預けられてたんだよ。

じっちゃんは野球の大ファンで、『わしの知り合いにメジャーリーガーがおる!』なんてホラ吹くくらいでさ。

野球始めたのも、じっちゃんがキャッチボールしてくれたからなんだ」


「そうなんだ……」


「俺がピッチャーかっこいい! それ以外は地味って言ったら結構な強さで殴られて。


『ショートは守備の花形だ! 守備の範囲も広けりゃ、役割も多い、ダブルプレーの精度や足の速さだって必要になる。つまり全てにおいて長けとるヤツがショートをやるんだ。完璧なショートは、おまえが語るにゃ十年早いわい!』


 って熱弁されて。目を輝かすじっちゃん見てたら、じゃあ俺が日本一速いショートになってやるよ! って思っちゃってさ。メジャーリーガーも、ホラじゃなくしてやりたくなっちまったんだよ」


 高瀬くんは懐かしげに目を細める。

 

「俺が青葉に入学する前の日、出されたのがその芋煮だったんだ。しょっちゅう出るからじっちゃんの好物なのかなって思ってたんだけど、よく考えたら俺が試合で活躍したとき、作ってくれてたんだって離れてから気がついてさ」


 会いてえな……じっちゃん。


そう呟いたあと、高瀬くんがえ!? と驚愕の声を上げる。

 ずず……ずず……と味噌汁を啜るような音が聞こえて、高瀬くんは感傷から引き戻されたように前を見た。

 

「って松崎さん、なんで俺より泣いてんの!?」


「公式め……なんでそんな素敵なエピソードが未公開なの.……!? 出てたらじっちゃんにも人気投票入れたのに……!」


「どこに泣いてんのか訳わかんねえ!」


「超素敵なエピソードにもだし、今まで知らなかった自分への腹ただしさにもだし」


「なんだそりゃ。でもおかげで涙引っ込んだわ」

 

 高瀬くんがまだ少し悲しさが残る顔で笑う。

 

「うう……じっちゃんをランキング二位にしてあげたい……」

「てか人気投票とかあんだ」

「あるよ! じっちゃんはランク外!」

「それは許せん」

「でしょ!? ああお爺様……高瀬くんの野球のきっかけを作って下さり、幼少期を支えて下さりありがとうございます……」

「じっちゃんは神か何かかよ」


 今度は原作通りのくしゃっとした笑みで、高瀬くんが楽しそうに夢乃を見つめるのだった。


 

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