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拝んでいたら推しが壁から出てきたので共に暮らします  作者: 花倉きいろ
第1章 推しとの暮らし
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プロローグ


「今日もお疲れ様でした」

 壁に向かって一人頭を下げる。


松崎夢乃、二十五歳。名前とはうらはらに、

なんとか生きるがモットーのリアリストだ。


「松崎さん、彼氏いないの?」

この手の類いは慣れっこな夢乃は、いません、とにっこり微笑む。


現実主義者の夢乃は、仕事をして、一人で生活ができる、平凡なOLだ。普通と平均を『意識して』愛している、という方が正しいかもしれない。


そんな彼女が唯一夢を見ているのは、今、目の前にいる男だけだ。


「高瀬くん、ただいま」


壁に掛けられているのは、大きさ二十センチほどの、少年マンガの複製原画だった。



「ああ高瀬くん……今日もカッコイイ……」


"高瀬くん"こと、野球漫画『闘魂』のキャラクターに向かって、夢乃は手を合わせる。

"高瀬くん"を拝むのが、普通を好む彼女の変わった日課だった。


高瀬直人。通称高瀬くんとは、夢乃が崇拝しているといっていいほど大好きな漫画のキャラクターだ。


そんな夢乃の、至って普通の日常が、突如一変する。


「一度でいいから、会いたいなあ」


 何気なく呟いた。

いつもは拝むだけで癒される推しだ。会いたいなんて畏れ多いと一歩引いている。

神様と付き合いたいと思うだろうか? つまりそういうことだ。夢乃にとって彼はその立ち位置にいた。


 だがその日は仕事でほとほとに疲れていて、たいして飲めもしないのにヤケ酒をする予定を立てたほどだ。上司に「これだから独身の女性は気が利かない」などと言われ、さすがに疲れ果てたため、ついうっかり、会いたいなどとこぼしてしまったのである。

 

その瞬間、壁が強く光った。


(え、何!?)


 ライトの故障……いや、そんな次元の光ではない。目がチカチカするほどの中、壁がぐにゃりと歪む。そして、夢乃は絶句した。指を差しながら床に尻もちをつく。痛さなど感じなかった。だってそこには、


「た、た、た、」


(高瀬くん!?)


そう。そこには夢乃の神様こと……高瀬直人がいたのだ。



二次元のみに存在する、高校球児なのに長い焦げ茶色の髪。これまた仕組みのわからない、目元だけが開いた鼻先までの前髪。ハーフのような金色の瞳を不安そうに揺らして、高瀬くんが言った。


「誰? ってかここどこ、ですか?」


(圧倒的美! 顔面最強すぎでは?!)


(初対面では敬語! 解釈ド一致!)


頭の中が文字で埋め尽くされていく。机を拳で叩きたいほどの萌えに、夢乃は頭を抱えた。


(って、悶えている場合じゃない!)


夢乃はしばらく男を見つめた後、自分の服装を省みた。


高瀬くんにいつか会うことができたら、可愛い花柄の洋服を着るって決めていた。現実は、上下別のパジャマである。


(夢なのに、なんで可愛い服装じゃないの……!)


先ほどとは別の意味で夢乃は頭を抱えた。


百面相を続ける夢乃に、高瀬くんはついに困り顔から怪訝な表情へと変えた。


「お姉さん、大丈夫?」


「あ、あの……」


打ったお尻が猛烈に痛いのだが夢に違いない。それか死んだかだ。


「大丈夫?」


高瀬くんが、訝しげに、けれど地の人の良さが隠しきれない心配の声で再び問う。


そして腰をぬかしたままの夢乃に、手を差し伸べた。


(な、なんたる幸福……!)


この手を握るまで絶対に目を覚まさないぞ!

と固く誓う一方で、感涙しながらその手を取る。そして、近所迷惑さながらに叫んだ。


「えええええええええええ!!」


(なんで感覚があるの?)


高瀬くんのマメだらけの手が刺さって痛い。上から下まで見渡すが彼は透けてなどいない。お腹辺りをグーで押してみると通り抜けもしなかった。


「え? なんで俺殴られてんの?!」


綺麗な上がり眉を下げて、高瀬くんが困惑する。


「えっと……高瀬直人くん、ですよね?」

「俺の事知ってるんですか?」

「青葉高校の、野球部の?」

「詳しいっすね」


 目がなくなるほどのくしゃっとした笑顔で高瀬くんが頭をかく。原作で何度も見た顔だ。

 周りを見渡す。こちらは、現実で何度も見た自分の部屋だ。


(間違いない。これは、三次元。そして、本物)


 またも腰をぬかしそうになった。世界の反転どころではない。次元を超えた、しかも二次創作でよく見る『ヒロイントリップもの』ではない。


(高瀬くんが、次元を超えた……?)


 自覚した瞬間、手を握ったままなことに気がついて、夢乃はその場で気を失った。

 

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