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ある楽団員のひとり語り

ある楽団員のひとり語り

はじめまして。

お時間があれば、お付き合いください。




「レディング侯爵が長子ジョージ・ブラットはこの卒業パーティーをもって、ルナ・ミルフォードとの婚約を破棄する!」




 はい、でたー。

 最近流行ってるわねぇ。

 なんで卒業パーティーでバカな事叫ぶかな。

 普通に卒業できたんだからバカみたいに浮かれてパーティーで踊っとけよ。

 あーあ。相手のお嬢様。怒りで震えてるじゃない。

 ドレスをギュッと握りしめて、あれは相当堪えてるなぁ。


 おいおい。

 婚約破棄宣言したバカは何うすら笑いしてんの。 

 なんなの、満足しちゃってる感じ?しかもバカの脇にいる女、バカとおんなじうすら笑い浮かべて。バカには見えないからって本性丸出しなんじゃないの?




「ジョージ様、この婚約については互いの家、それに王家を間とした契約。ご存知とは思いますが、私たちだけで決められるものではありません」


「そんな事はどうでもいい!お前が頷けばいいだけのことだ!」


「・・・ジョージ様、」


「ジョージ様!私は大丈夫ですからお怒りを鎮めてくださいませ!」


「マリア、君は本当に優しいな。だがな、いくら温厚な私でも可愛いお前が虐げられているとなれば怒るのだ。しかも嫉妬というつまらぬ感情如きで行動するとは。

 ルナよ、何か申し開きがあるか」


「何かと問われましても、私には何故このような事になっているのかわかりません」


「白々しい。マリアを執拗に虐めた分際でどの口が言うのか」


「ジョージ様、そのようにおっしゃいますが、私は誓ってマリアさんを虐めた覚えはありません。

マリアさんがジョージ様と一緒に過ごしている姿は見たことがありますが、マリアさんお一人でいる姿や、ましてやお話もしたことがない方を虐めるなんて致しません」


「口ではなんとでも言う」


「ジョージ様、本当に私はなんとも思っていません。それに伯爵令嬢であるルナ様ならしがない男爵の娘である私の存在など無いにも等しいものです。きっと眼中にないのですわ。よよよよよ」




 待って!

 最後のよよよよよ、って何!

 初めてだわ、そのパターン。ありえないくらい嘘泣きじゃん!むしろそれでバカ女を愛おしげに抱き寄せるバカはなんなの!

 あのよよよよよで落ちてんの?え?バカなの?



「・・・わかりました。ジョージ様がそこまでおっしゃるなら私からは何も言いません。両親に報告致します。ごきげんよう」


「まて!マリアに謝罪しろ!」




 ねえ、冒頭で言ってたよね。あのお嬢様とバカとの婚約に王家が間に入ってるって。

 これってバカの家まずいんじゃない?




「マリア、すまない。ルナがあそこまで頑なに認めないとは。君の傷ついた心を癒してやりたいのに」


「いいえ、ジョージ様。マリアは大丈夫です。傷などとおっしゃらないで。確かに悲しい思いをしましたが平気です」


「マリア!」




 まだ続くのかな、このバカとバカ女の話。

 あのお嬢様は退場したし、まわりは遠巻きに見てるだけで動かないし。私、仕事しにきたんだけどな。




「皆、申し訳ない。私事でせっかくの卒業パーティーに水を差した。それ、楽師たちよ。心踊る音楽を奏でておくれ」



 ええええー、マジでお前がそれ言う?

 いやまあ、私らの仕事だから仕方ないけど。

 てか、楽師たちよって何カッコつけちゃってるのよ!恥ずかしいわ、マジで!

 指揮者は困惑顔でタクトを振り「初めから」と言った。

 そだね、一番初めの曲は華やかだからな。

 そして私たちは何知らぬ顔で楽器を持ち直し、華やかな曲を奏でる。

 まあ、あのバカはきっと頭もバカだからこれでうまくいくと思ったんだろうな。

 でもさ、普通さ、これでハイ気持ち切り替えていこう!って、踊れる?ましてや卒業したての子どもだよ?


 あー、白々しい雰囲気。

 踊ってるのバカとバカ女だけ。二人を囲んで皆んな青い顔してる。

 もしかしてこれってさ、世界は二人だけ状態?ってやつじゃない?お互い頬っぺた赤くしてさ。めっちゃ雰囲気悪い中、とろーんとした目で見つめながら踊るってなんのプレイ?


 あ、珍しいー。第一バイオリンのバルトさんが音とちった。いやまあ、そうだよねー。確かバルトさんの個人的お得意様の貴族ってレディング侯爵家だもんね。ヤバいよね、これまでサロンとか舞踏会とか呼んでもらってたのに、あのバカのせいで家が華やかな催しできないくらい自粛するかもだから仕事なくなるんだもんね。


 バカとバカ女はくるくる回りながら踊ってます。もう世界は二人だけ!ねえ、もう音楽いらなくない?




「ジョージ!これはどう言う事だ!」


 ん?

このオーケストラにも負けないくらいの声量。そしてバカを呼び捨て。来ましたね、レディング侯爵その人が。



「父上?まだ学園におられたのですか。ちょうどいい、紹介します。私の愛する人を」


「はじめまして、マリアです」


「お前は、お前は本当にルナ嬢に婚約破棄を言ったのか!」


「ええ、言いました」


「言いました?何故そんな馬鹿なことをした!」


「・・・父上、そんなに怒鳴らないでください。マリアが怖がっているではありませんか。

先ほども言いましたが、マリアが私の愛する人なのです。だから嫉妬に駆られて悪女の如くマリアを虐げたルナとは婚約破棄したのです」


「この大馬鹿者!」


「父上?」


「お前が侯爵家を継ぐのはルナ嬢との婚姻があってこそ大きく認められるのだぞ!うちが、レディング侯爵家が侯爵位であるためにルナ嬢の生家であるメディナ伯爵家の力が必要だと話しただろう!忘れたのか!」


「覚えていますよ父上。それですが、そんなに重要なのですか?別に伯爵家の力など必要ないと思います。うちは事業も軌道に乗っているし王家の覚えめでたい侯爵家です。たかが伯爵家の力などー」


「たかが、ではない!先代国王陛下の妹君が降嫁されたのはメディナ伯爵夫人の生家、オルダニー辺境伯家だ。つまりルナ嬢は国王陛下の従姪だ!」


「・・・じゅうてつってなんですか?」


「ねえ、ジョージ様。じゅーてつってなに?」


「ああ、お前は賢しい言葉を使うが頭は空っぽだからな。いいか、しっかり覚えろよ。国王陛下とメディナ伯爵夫人は従兄妹の関係にある。もっと簡単に言うと国王陛下とルナ嬢は血縁関係にある!」


「だから?」


「そうなんだぁ」


「・・・我がレディング侯爵家とメディナ伯爵家との婚姻は国王陛下が直々に取りまとめていただいたんだ。我が侯爵家の嫡男でジョージにと思ったが傍流の貴族たちが反対してな。反対した者たちは皆侯爵家の事業に貢献した重要な家の者たちだ。下手をしたら本家が乗っ取られる。

 そこで王家に関係のある令嬢、ルナ嬢との婚姻を国王陛下にお願いしたのだ。・・・メディナ伯爵には断られたからな。だがこちらに運がある。国王陛下は政治バランスを憂いていた。

王妃殿下のご実家は我がレディング侯爵家の派閥親であるラウンズダウン侯爵。

 もうここまで言えばわかるだろう。王家の縁戚のルナ嬢とラウンズダウン侯爵家に縁のあるお前との婚姻は、高度な政治バランスのための政略結婚なのだ」




 長っ!

 てか説明、そんなにみんなの前で言ってよかったの?

 つまり、ボンクラバカ息子に箔をつけるために王家と派閥親に泣きついたってことだよね。

 レディング侯爵って脳筋バカって噂で聞いたことあるから、無駄に声がデカくて深く考えないんだろうなぁ。あー全国の筋肉を愛する人に謝れ!

 まあ、さすがに楽団の私たちは気まずい雰囲気に楽器を膝に置いて俯きます。目だけ動かして様子伺うけどね!




「・・・わかりました、父上」


「わかってくれたか、息子よ」


「はい。やはり私は政略結婚などできない。心から愛しいと思うこのマリアこそ唯一。真に愛する人なのだ、と」


「ジョージ様!」





 あかーーーーーん!

 あかん人や!

 この人ほんまにあかん人や!

 しかもなんなん?

 バカ女とめっちゃ見つめあって。

 あかん、故郷のカーンサーイ語が出てくるくらい盛大なツッコミを心の中で入れてしまった!

 あー、懐かしい。元気かなお母さん。




「ああぁ、もうレディング侯爵家はおしまいだ。国王陛下にもラウンズダウン侯爵家にも、ましてや傍流の者たちへも顔向けできん。・・・爵位を傍流から養子をとって隠居するしかない」


「何を言うのです、父上。私がいるではありませんか。私がマリアと共にこれからのレディングを盛り立てていきます!」


「きゃっ!私、侯爵夫人になるの⁈」


「ああ、未来のレディング侯爵夫人」


「嬉しいです、ジョージ様。でもプロポーズは二人きりの方が良かったかな」


「おお、私としたことが・・・。ふっ、でも夜はまだ長いのだから。これから、ね?」


「ジョージ様・・・」




 本当いつまでこれに付き合うの私たち。





 結論からいうと、バカこと、ジョージ・ブラットはレディング侯爵家から絶縁。庶民となったらしい。しかも栄誉ある王立貴族学園の卒業も撤回されて履歴ゼロ状態で市井に放流された。

 レディング侯爵は家督を養子に任せて隠居。レディングは爵位こそ守れたけれど、メディナ伯爵家への慰謝料・違約金の支払いにこれからが大変。


 バカ女ことマリア・アイザックも男爵家から絶縁。えーと、なんて家名だったかな。新興貴族で二代前に男爵位を得た家だからか、この事でお家断絶。家と絶縁されてもお家断絶だから相当な処分とのこと。



 その後のバカ二人はどうなったか、私にはわからない。



 あー、なんでこんなことするんだろう。

 結局、こんなことしても誰も楽しいことがないじゃない。

 私は思わずため息をついた。





「あら、ため息なんてついてはダメよ?」


「・・・申し訳ございません、お嬢様」


「ふふ、そんなに畏まらないで。大丈夫、不敬なんてつまらないこと言わないわ。私は先生とこうしてレッスンの後のお茶を楽しみたいだけなのだから」


「先生なんて、畏れ多いですよ」


「でもあなたは私のバイオリンの先生、でしょ?」


 首を傾げてにっこり。

 あーこのお嬢様めっちゃ可愛い!



 ちなみに。

 私はなんでか、あの一件からルナ・ミルフォード伯爵令嬢のバイオリンの先生をやってる。

 しかも気に入られて一緒にお茶までしてるという好待遇ぶり。怖い。夢なら覚めないで。



「ふふ、あなたは顔に出やすいわね」


「え⁉︎しかめっ面だとよく言われるんですが!」


「ええ?そんなことないわよ。私には感情豊かに見えるわよ。でも、だから気が楽になって笑えるのよ。貴重な時間なのだから、あなたはずっとこのままでいてね」




 ルナお嬢様はそう言って、大層お美しい微笑みを私に向けた。





おわり

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