第80話 実地訓練
「あの、ここは?」
「戦場だ。本物のな」
ロキに連れてこられた場所は、まさに今戦をし、人々が傷つけあっているところだ。
「アドガルムからは遠い国だ。争いが起きているという話を以前から聞いていたので、連れてきたのだ」
「連れて来たって……そういえば先程のは転移魔法ですよね?」
不思議な感覚だった。
「それも後で教える。今はまず回復魔法と防御壁の精度を上げる事、そして戦の雰囲気に慣れる事を優先する」
転移魔法はともかく、防御壁や回復魔法は戦いの場でしか磨けない。
「実際に戦に行くというならば、この空気に慣れねば使いものにならないからな。ここなら負傷者も多いし、あらゆるケースが備わっている。臆するなよ。臆せばティタン王子に万が一があった場合、助けることが出来ないからな」
「はい」
ティタンを支える為ならば、血を見て悲鳴を上げることなど許されない。
震える体を鼓舞し、身近の負傷者に向かう。
突如現れた異国の者達に戸惑いが見られるが、治癒する様子を見て、文句も言われず見守られるに留まった。
懐疑の視線と敵意が徐々に和らいでいく。
「驚かせてしまいすまない。我らは本陣の者より派遣された傭兵だ。ただ怪我を治すだけだ、害をなしに来たわけではない」
燃えるような赤い髪に金の目をしたロキと、金の髪とオッドアイを持つミューズはこの場では異質だが、実際に傷が治る様子を見て、縋るような人が増えていく。
「人体の構造を思い出せ。どのように皮膚と皮膚を繋げばいいか感覚で覚えろ。いざという時に本で確認は出来ない。しっかりと目に焼き付け、肌で感じ、覚えていくんだ」
命が失われるのは一瞬だ、だから回復するのには速さが求められる。
生命が零れ落ちる前に救い上げなきゃいけない。
最初こそロキも手伝っていたが、段々とミューズ一人に任せるようになる。
「うっ……」
酷いケガに思わず呻く。
「躊躇うな。その数秒で、より死が近くなる」
「はい……」
血の匂いと死臭に気分が悪くなるが、集中する。
とにかく命を助けることに集中しなくては。
丁度動きやすい服なのは助かった、ドレスではこのように動いたり血に塗れたり出来ない。
突然現れた二人に驚きつつも、回復魔法を唱え味方を救うミューズを見て、また負傷者が集まってくる。
力及ばず事切れるものも出るが、泣く時間も懺悔する時間すらない。
「これは……」
思わず顔を歪めてしまう。
ミューズが目にしたのは切られた腕を必死で抑える若い兵だ、ただ欠損部がない。
急ぎ、傷口を塞ごうとすると止められた。
「リリュシーヌの娘のお前なら元通りに治せるはずだ」
ロキがそう言って、ミューズの手を取った。
「想像しろ。人の手はどのような物か。腕はどのように動くものか。おい、お前もだ。自分の手はどのような物かを思い出せ」
ロキは若い兵に魔法を掛ける、痛みを和らげるものだ。
「あいつの体に触れ、そして魔力を流し込め。そして想像だ。在りし日の姿を、失った部分が再び戻るようにと」
二人は目を閉じ、集中していく。
「想像……」
人体とは何か。
回復とは何か。
何故人を救いたいと思ったか。
魔力が大幅に減っていくのがわかる、吸い取られているようだ。
「高度な魔法は知識と経験、そして才能からなる。その金の瞳は魔力の高さを意味するもので、ミューズの魔力は十分にあるんだ」
荒療治だとはわかっていて連れてきた、このようなチャンスはそうそうないからだ。
実際の自分達の戦いまで教えなければいけなかったので、この戦争は有難かった。
「出来た……?」
時間はかかったが、腕が形成されている。
その間ロキは周囲の者の傷を癒しつつミューズの様子を見守っていた。
「よくやった、及第点だな」
神経の繋ぎが甘いが、これくらいは良いだろう。
日常生活は問題なく遅れるし、お互い名も知らない。
命は助けたのだから、これくらいで納得してもらう。
まだまだ負傷兵は居るのだし忙しい。
ふらつくミューズに魔力回復の薬を渡す。
「まだだ、もっと魔力を使え。限界を超える度に魔力は増える、頑張れよ」
「はい!」
流れる汗を拭い、ミューズは集中していく。




