第70話 恋敵と政敵
「わざと焚きつけにきたのですか?」
カイルの隣を歩きながら、二コラは憮然とした表情のカイルに話しかけた。
「そんなわけないだろう。本当に王太子妃が冷遇されていたら問題だから聞き取りに行ったんだ」
(本心で心配してたとしても、本当にこの人はいい仕事をしてくれる)
物怖じしないカイルはエリックに対立意見をぶつける数少ない人物なので、ある意味刺激を与えてくれる。
今は多分カイルの言葉により調子を取り戻したエリックが、真摯にレナンに向き合っているだろう。
カイルのことは嫌いではないが、好きでもない。
ただ忌憚ない意見を率直に言ってくれる、貴重な人材だ。
「言われた通り本当ではないので、もうあのような突撃はお止めください。今度は首をかき切りますよ」
「ふん。『忠犬』は相変わらずなんだな。契約に縛られて、可哀そうな男だ」
「そうですね。エリック様に逆らうものは嚙み殺しますので。カイル様もくれぐれもその事を忘れないようにしてください」
カイルの挑発にも二コラは動じない。
「いい加減解放されていいんじゃないか? お前は十分に義理を果たしただろう」
カイルの様子と内容で、まさか心配から来る言葉だったとは気づかなかった。
「契約についてですか? あれは僕の意向で契約延長したんですよ。とっくに最初のものは切れている」
「えっ?!」
カイルは驚いた様子だ。
「それなのにこんなに付き従っているのか? あの王太子にどんな魅力があるというんだ」
「言葉に気を付けてください。今すぐ黙らせてもいいんですよ」
冷たい視線を向けられ、さすがのカイルも口を閉ざす。
カイルはエリック達の過去を知っている人物だ。
だから普段気弱そうに演じているニコラが、エリックの為になら何でもするとは知っていた。
最初は貧民街で拾われ、エリックに逆らえば死んでしまう契約魔法をかけられたと聞いていた。
ギラギラした野犬のような目と、がりがりのやせ細った体。
エリックを見つめる目は憎悪に溢れていた。
なのにいつから尊敬の眼差しをエリックに向けるようになったのか。
不思議でならない。
「聞きたいことがある」
慎重に口を開いた。
「何です? 内容によっては聞いてやってもいいですよ」
二コラの方が身分は低いが偉そうな態度だ。
エリックの表立っての敵に、二コラは敬意を示すことはない。
今は二人きりだから尚更だ。
「何故王太子はレナン様を選んだ? そして本当にレナン様は幸せなのか」
最初に話しを聞いた時は可哀そうにと思った。
王太子は見目は良いものの、心が冷めている。
他人など信用しないという態度をとっており、信じるのは家族と近しい従者だけ。
それ以外の他人を案じるとは思えなかった、ましてや政略結婚の相手だ。
不幸な結婚であることは目に見えていた。
なのに訪れたレナンへ向ける慈しみの目、そしてレナンも恥ずかしがりながらも嬉しそうな表情をしていた。
お披露目の際に他の王女も見たが、皆幸せそうだった。
だが、カイルの目はレナンに向いていた。
「どうやってあの第一王子の心を溶かした?」
その点に興味が行ってしまった。
それからは度々二人の様子を観察し、謙虚で優しいレナンばかりを見つめるようになってしまった。
努力を惜しまず、政略結婚でも腐ることなくアドガルムに尽くす姿。そして命を懸けて力を救い、母国を救ったという話だ。
それを笠に着るわけでもないレナンはまさに王太子妃に相応しいと思った。
そんな女性がここ数日表情を曇らせていた、気になって仕方がない。
「エリック様のお隣に立つに相応しい方だから選ばれたのですよ。そしてレナン様は幸せです、エリック様に選ばれたのですから」
変な問答のような答えだ。
「真面目に答える気はないのだな」
「そうですね。横恋慕するような人にレナン様の魅力をお伝えする気はありませんから」
「だから違うと言ってるだろうが!」
カイルの咎めもニコラは涼しい顔で聞き流している。
「ヒューイ様にも伝えさせてもらいます、きつーいお仕置きをされてくださいね」
宰相の息子ともある者が王太子妃に愛情を持っているなどとしたら、間違いなく問題になる。
「冤罪をかけるな、俺はそんな気持ちを持っていない」
「判断するのはヒューイ様です。どちらの話を信じるかでいきましょう」
「望むところだ」
カイルは、自分がレナンの話をする際にいつもと全く違う表情をしているのには、気づいていない。
がっつり叱ってもらおうとニコラは思っていた。




