第40話 夫婦の時間(リオンとマオ)
マオは色々なものを頼んで自分で準備をする。
髪を艶々にするオイルも、人目を惹くメイクも、良い匂いのする香油も、思い出す限り準備してもらう。
メリハリのない体だが、着ないよりはましだと肌の露出を押さえた夜着を準備してもらう。
「驚いた、てっきり拒否されると思ったよ」
リオンはマオの変わりようにただただ驚くばかりだ。
さらりとした髪も蠱惑的なメイクもリオンの為に全て準備してくれたのだろうか、どんな意図があろうともその事実に嬉しくなった。
近づこうとするリオンを手をあげて制する。
「お待ちいただきたいのです、先にぼくから話があるのです」
いつもの口調で話し始めたマオにリオンは黙って耳を傾ける。
「まずはぼくが話すことを受け入れてくれたら、このままリオン様の諸々のいう事を聞いてあげるのです。受け入れられないなら離縁して欲しいです。あ、でも慰謝料はもらいたいですね、当面の生活分だけでいいですから」
「離縁はしないけど、いう事を聞いてくれるのは嬉しいかな。いいよ、話してごらん」
優しい口調であっさりと受け入れた。
「ぼくはシェスタの王城に行く前は娼館で暮らしていたのです」
突然の話にリオンは眉をしかめる。
その反応にマオは脈ありと思い、リオンは知りたい情報にありつけそうだと、お互い嬉しく思った。
「娼館はわかるですか?」
王族には全く縁のない場所であろう、念の為確認する。
「知っている、男性が女性の事を金で買う場所、だろう? 逆もあるし、男性が男性を買うとも聞いたが」
昔自身も男性から迫られたことを思い出し、リオンは顔を伏せる。
マオは娼館に対する嫌悪だと勘違いしたまま話を進めた。
「そう、そこにぼくはいたですよ。つまりそういう事です」
暗に体を売っていたと示唆する。
「生きる為なら仕方ない事もあるだろう、過去の事も僕は受け入れるつもりだよ」
リオンの気丈な言葉にもマオはため息をついた。
「王女なんかに程遠い平民と、本当に結婚するですか? リオン様に傷がつく前に追い出した方が身のためですよ」
今別れれば世間から見たリオンの評判も下がることはないだろう。
後々平民だとバレてリオンの功績に傷がつくよりはという思いもあった。
怖い程マオに執着してくるが、根は悪い人ではない、騙して生きていくには気が引けてしまったのだ。
「何の傷だい? 僕はマオとならどんなことも耐えられると思うよ」
一歩もひかないリオンにマオは夜着を脱いだ。
リオンは息を飲む。
マオの体には無数の傷がついていた。
「ぼくは平民どころか貧民なのです、その日を生きる為に兄と二人、必死で生きてきたのです」
マオの体から目が離せないようだ、こんな醜い体など綺麗な世界で生きてきたリオンは見たことがないだろう。
「生きる為、盗みも人殺しもしたです。それでもあなたの妻とするですか?」
リオンは無言でマオに近づいた。
怒りに満ちた目でマオを見つめている。
殺されるかもとマオは思わず後ずさろうとしたが、その前にリオンに捕まえられる。
「許せない」
抱きしめられ、耳元で低い声がした。
「こんな事をした者達が許せない、俺が殺したかった」
殺気に満ちた言葉はマオには向いていなかった。
「でももういないのか……くそ、俺にも少し残してくれれば良かったのに。誰だか知らないが、きっとその兄だな。マオの仇を討ったのは」
リオンの言葉はマオには意味不明だ。
「仇って?」
「君がいた娼館も関係者も全員いない、殺された」
衝撃の言葉にマオは固まった。
「状況的とタイミング的に君を大事に思うものが行なったことだ。君が恙なく王女として過ごせるように、マオの害になるものは皆消された」
リオンはマオの傷だらけの背を撫でる。
「マオが好きだ、何があっても離縁はしない。だから明日から専属侍女もつけるし、少しでも肌を治す為薬湯にも入ってもらう。傷跡が消えないまでも薄くなるはずだから」
マオの肩に顔を埋め、リオンは息を吐いた。
「娼館にいたか……知ってはいたが、マオがそのような仕事はしていないと信じてるよ。さっき盗みと殺しって言ったし、危険を冒してまでマオの為に行動する兄が近くにいて、体を売るなんて事させるなんて思わない。病気と妊娠のリスクのほうが怖いもの」
愛おしそうにマオを撫で続けている。
「急に脱ぐなんて止めてくれ、話も聞かないまま抱いてしまうところだった。ねえ、そろそろ僕が初めての男だって事、確かめてもいい?」
マオは目を閉じる。
自分が賭けに負けたことに気が付いたし、何か知らぬ間に色々調べ上げられているし。
どうでも良くなって、頷くくらいしかできなかった。




