第109話 侍女と魔道具師①
床に散らばる書類の数々を無視し、フェンは自分がぶつかってしまった女性に駆け寄る。
ダークブラウンの髪をした優しそうな顔をした女性だ。
彼女は手に持っていた荷物を落とさないよう、しっかりと握っていたために尻もちをついた、痛そうに顔を顰めている。
すぐさまフェンは回復魔法を掛けてあげた、痛みが和いだようで、表情が穏やかなものになった。
「ありがとうございます」
「いえ、俺がぶつかってしまったのが悪いのですから。どうもすみませんでした」
そう言って手を差し出し、女性を立たせる。
フェンはこの女性に見覚えがあった。
「確か、王太子妃様の侍女の方ですよね?」
「はい、ラフィアと申します」
ラフィアのスカートの汚れを落としつつ、フェンは申し訳無さで視線を落とそうと思うのだが。
(間近で見るととてもきれいな人だ。パルス国は美しい人が多いとは聞いていたが)
ついまじまじと見てしまう。
パルス国は宝石の国という二つ名から華やかな印象を与えていた。
事実容姿の整った者は多い。
魔導具師の筆頭として、そしてガードナー家の当主代理として、フェンは王族と話す事が多い。
それ故にレナンの側にいるラフィアを見かける事は人より多かったし、城内の魔道具のメンテナンスと称して何度か王太子達の部屋の側に近づいている。
(とても美人なのに誰の求愛も受けないと聞いたな)
レナンにこれからも変わらず仕えたいので、結婚はしたくないと言っていると噂で聞いた事がある。
(こんなに美人なのに、勿体ない)
きっと引く手数多なのだろうな、自分が知る限りでも彼女に好意を持つ者は両手の指では足りない。
「私の顔に何かついてますか? もしかしてどこかに汚れでも残ってるでしょうか」
視線を感じてラフィアは聞いた。
「あ、いや、美人だなと思って」
面と向かってそう言われるとは驚いた。
戸惑いつつもラフィアは笑顔で返す。
「ありがとうございます」
社交辞令として取られたのだろう、ぎこちない笑顔で返される。
(そりゃあこんなよれよれの男に何か言われても響かないよな)
目の下には隈があり、背中は常に何かを製作するのに座りっぱなしだから丸まっている。
風呂に入るのもカラスの行水なので、髪は痛みパサパサだ。
「恋人が欲しいなら身なりを整えなさい!」
とシフに怒られていたが、ロキのせいでする暇もなく。
「俺だって、恋人は欲しいよ」
ただ現実時間がない。
特に今は戦の前で結界つくりで忙しい。
「あの、何か言いました?」
どうやら言葉に出てしまったらしい。
「いえ、何でもないです」
誤魔化すように笑い、書類を拾い始めた。
「私も手伝います」
「大丈夫ですから、気になさらないで下さい」
そうは言いつつもラフィアも手伝ってくれた。
「書類が!」
一つの書類が風に乗ってどこかに言ってしまう。
(あれは今日中に頼まないとまずい奴だ!)
内心で焦りつつも、ラフィアに心配をかけまいと笑顔を見せる。
「大変! すぐに追わないと」
「あぁあれはすぐに作り直せるものです。ですから大丈夫ですよ」
「ですが」
ラフィアは書類の飛んで行った方向を心配そうに見遣る。
「重要なものではないし、誰かに見られても悪用はされません。それよりラフィア様はお仕事の途中でしょう。どうぞこちらに気を遣わずにお仕事に戻ってください。俺もこれをヒューイ宰相に届けたらすぐに戻りますんで」
そう言ってフェンは歩き出す。
少し躊躇った後にラフィアはレナンの元に戻っていった。
それを見てフェンは走り出す。
「書類、どこまで飛んだ?!」
すでに印も押していて、後は提出し許可を得られれば新たな魔導具が発動できるのに。
もう一度書くには面倒な書類だ。
これ以上机に向かったら過労死しそうなのだ、探した方が断然早い。
あちこちを探し、人に聞くが見当たらない。
風の方向や距離からしたらそんな遠くとは思わなかったが、ラフィアに心配をかけまいと男の見栄で話しを続けていたら、予想をはるかに上回るところまで飛んで行ったらしい。
全く見つからず途方に暮れる。
「どうする? 本当に作り直す?」
しかしそうなれば徹夜だ。
今夜こそベッドで寝られると思ったのにと、気持ちの落差が酷い。
「あの、書類は見つかりましたか?」
「ラフィア様」
肩を落としているところを見られ、少し気恥ずかしい。
「レナン様に事情を話し、戻ってきたのです。その様子ではまだですよね?」
「はい……」
隠し立ても出来ないとフェンは正直に話した。
「では一緒に探しましょう、一人より二人です」
ラフィアの声掛けにフェンは涙が出そうだ。
まるで女神さまのようで。
「ありがとうございます」




