忍び込む心臓
当たり前のようにレーシーはロクの箒の後ろに乗せてもらう。
古臭いと言われていてもやはりほうきは便利だ。
振り落とされないようにロクの腰に腕を回して、ぎゅっとしがみつく。細く見えても大の男の腰は、レーシーの腕では一回りもできない。
なんとなくムム、として思い切り腹を締め上げるが、日頃から鍛えているのかロクはレーシーが力を入れていることにも気づいていない様子だ。
「んじゃ、まぁ行きますか」
難なく浮き上がった箒は、二人分の重みを支えておねーちゃんが教えてくれた屋敷へと向かう。
そこに、クララがいるはずだ。
手持ち無沙汰に流れていく景色を見ながら、レーシーはクララのことを思った。
クララとレーシーは双子だった。
今や忘れられた風習だろうが、二人が生まれたことには双子というのは忌み嫌われた存在だった。
生まれてすぐに殺されなかったのは、生みの親が子供を殺すという罪をかぶりたくなかったからだという。
両親は敬虔な信者だった。
むやみな殺生は戒律違反なのである。
どんな取引をしたのか、ものごころつくまえにと二人まとめて魔女に引き渡された。しかしレーシーは3歳の頃すでに自我に目覚めていた。両親に可愛がってもらった記憶もないので、魔女に引き渡されても泣かなかったのだと思う。
二人とも髪は腰あたりまで伸びていて、前髪という概念はなかった。見えやすいように左右に分けていた。
鏡はなかった。クララの瞳の中に映るクララそっくりの姿形をしている子供が自分なのだとはわかっていた。
私とクララはかなりそっくり。
まんまるの眼は、緑色で、髪の毛は茶色より薄い。
クララとレーシーはいつも日の差さない部屋にいて、二人で遊んでいた。ご飯の時だけは侍女らしき女の人達が近くにいて、食べるのを少し手伝ってくれていたような気がする。
魔女はレーシーの師匠である。
さっそく魔法との親和性を確認された。
二人とも魔法に対して強い適性があるという。
年頃になると私たちは魔女に教えを請い、そろって魔女になった。
双子と言っても性格は似なかった。
顔だけ見れば二人は似ている。しかし醸し出す雰囲気が異なることから、二人が間違われることはほとんどなかった。
クララは苛烈な性格で攻撃魔法を好んだし、人の思惑を操作するような魔法も好んだ。まったくもって一般的に考えられている魔女らしい思想をしていた。
レーシーは戦うということがめんどうなタイプだった。
ひっそりと静かに暮らしたい。俗世にあまりかかわりあいたくない。
これまた魔女にはよくいるステレオタイプの思想だった。
二人はお互いに相入れないことを知っていたし、特にどうとも思っていなかった。
双子といえど別の人間。
一人前の魔女として、師匠の元から巣立ったときからあっていない。
「ここだな」
一際目つきを鋭くしたロクが、低い声を出した。
ロクが言うから間違いないんだろう。
レーシーは魔力感知すら出来なくなっている。このままいけば今日中には魔力はすっからかんになり、レーシーの死を引き起こすだろう。
こんな情けない死に方は嫌だな。
もっとこう、幸せな最後を迎えたい。
「言ってた通り大きいね」
まるで貴族にでもなったような大きさだ。
門の前には厳しそうな門番が二人立っている。
「どうやって入る? ……上から行くか」
雪の降る地域特有の傾斜のキツい屋根を見上げて、入れそうな窓を確認する。
「ん」
無関係な人を傷つけるのは本意ではない。ロクに短く返事をすると、了承したとばかりに箒はそっと屋根の上に降りた。
真っ赤な屋根はいかにもクララの趣味っぽい。
傾斜に足を取られないように注意して歩く。バランス感覚が鈍いのかよちよち歩き状態のレーシーとは違いロクはなんの危なげもなくすたすたと歩いていている。
「ね、手繋いでよ」
今の状態ではペンギンよりも歩みが遅い。
バランス感覚の良いロクに手を引いてもらって行った方がいいに決まっている。
ロクは、自分の手をじっと見てからレーシーの手を握り、無理のない程度に引っ張ってくれる。
大きな骨張った手は男性的で、すっぽりとレーシーの手を包むように思える。
ロクの手は上手く血液が巡っていないのか、冷たくなってしまっていたレーシーの手をじんわりと温めてくれる。
それこそ幼い頃はよく手を繋いでいた記憶はあるが、大人になってからははじめてかもしれない。
「ここから入れそうだな」
屋根裏部屋の出窓にたどり着くと、ひょいと鍵を開け、ドアを開いた。
無事に薄暗い部屋にすべり込む。
思えば堂々と客として正門から入れば良かった気もしてくるが、クララが大人しく会ってくれるとも限らない。
警戒されてしまうとちょっと面倒だ。
会って話を聞きたいのだが、屋敷が広すぎてどこがクララの部屋なのかわからない。
「ロク、わかる?」
「近くにいるってことしかわかんねぇな」
チッとロクが舌打ちした。どうしようかな、と困っていると、ふいに使い魔のスミスが悠々とした足取りでやってきた。
「スミス! 今までどこにいたの」
駆け寄ったレーシーをかわすように尻尾をゆらりと振ると、また歩きだした。
「クララの場所がわかるの?」
動物の力は侮れない。
レーシーはふらふり揺れるスミスの尻尾を追いかけることに決めた。
まるでクララの部屋を知っているかのようにスミスは迷いなく進んでいく。
歩くたびにバランスを取ったしっぽの毛がふわふわとゆらめいて、レーシーを誘惑している。
いつの間にか繋いでいた手は離れてしまっていて、レーシーはそれを残念に思う。
屋根から降りたのだから離してしまうのが当然なのに、もっと繋いでいたかったなどど思ってしまう。
ロクはといえば、レーシーの気持ちなどしらず、足音を消してスミスの後を追っている。
大きな屋敷ではあるが、あまり人の気配が多くはない。
人に見つかることは無さそうだった。
やがて、スミスはぴたりとドアの前で足を止めた。
一仕事終えたとばかりに、レーシーの足の周りをくるくると周る。頭をこすりつけるようにしてくるので、褒められたいのか、の合点し、しゃがみこむと、その小さな頭をよしよしと何度も撫でる。
レーシーの日頃からのお世話のおかげで、スミスの毛並みはさらさらだ。鳴くと部屋の中にいるクララに気づかれるからか一言も鳴かず、小さく喉を鳴らしている。
綺麗に掃除された廊下や、所々に飾ってある生花から、それなりに手入れされているのだろうと思われた。
普通ならばドアをノックして、中にいるであろうクララの許可を待ってから入るべきところだが、そんなことはしていられない。
ドアの鍵がかかっていないことをそっと確認してから、勢いよくドアを開けた。
ドアの動きに合わせて、スミスはぴょいとそこを飛び退き、レーシーの足元に陣取った。
ふわふわの灰青の毛がレーシーのふくらはぎにゆるやかに当たる。
風通りのいい部屋の開け放たれた窓辺で、白い清潔そうなカーテンがはためいた。
陽の光が満ちて眩しいぐらい明るい部屋のベッドの端に腰掛けて、クララは愉快そうな表情をしてこちらを見ていた。
「もう、遅いじゃない」
少し拗ねたような声色を出している。
まるで待ち合わせでもしていたかのような当然さで、クララが立ち上がって、こちらに近づいてくる。
「ああ、やっぱりロクも一緒なのね」
ちら、と黄色の眼がロクを端に捉える。
貴族のような綺麗な発音と、丁寧な言葉遣いはレーシーの中のクララと結びつかない。
会っていないうちに覚えたらしい白白しい丁寧な言葉に、レーシーは無感動にクララを見た。
豪華な調度品に囲まれてにっこりと微笑んだその顔は、どことなくレーシーにそっくりで、双子というのはいつまで経っても似通った顔をしているモノなのだなと思うに至った。
ただ、なんの化粧もせずに家を飛び出してきた今のレーシーと比べると、いささかクララの方が派手であり、悪くいえばけばけばしい。
黄色い水晶のような瞳を印象付けるようにくっきりとした化粧を施したクララの目力は凄まじいものがある。
「ちょっと聞きたいことがあってきたのよ」
レーシーは語気を強め、出来る限りの眼光でクララを睨んだ。
こんな風に待ち構えていたと言うことは、本当にクララがレーシーの心臓を盗んだんだろう。
「そんなことわかっっているわよ。レティシアの心臓のことでしょう?」
「今はもうレティシアじゃないけどね、クララベル」
いつもより声に圧力をかけ、低い声を出す。
お互いににっこりと花のように華やかに微笑み合う。
くるんとカールしたクララのまつ毛は好戦的にバッサバッサと動いている。
化粧気のないレーシーには毒々しくすら感じられる紅のこってりとした口紅で、妙に唇がてかてかとひかっている。それが今の流行りなのだろう、レーシーと違ってクララはそういう流行り廃りのあるものが好きだ。
バチバチと二人の間で火花が飛び、散乱する。
二人とも魔女になる時に名前は変えている。
本来の名前に似ていた方がいいと言いながら、師匠が考えてくれたものだ。
「私の心臓どこにやったの? さすがのあなたでも心臓がなかったら私がどうなるかぐらいわかるでしょう?」
生来通り、まっすぐな髪を長く伸ばすレーシーと、伸ばした髪をくるくるとお上品に巻き毛にしているクララはぱっと見はまったく異なる印象を与える。しかしじっくりと見比べて見れば、どれほど2人の姿形が似通っているかがわかる。
長年別々に暮らしていたにもかかわらず、身長背格好もほどんど変わらない。
どうでもいい話をしても、レーシーとクララがわかりあえないのぐらいはわかっている。レーシーはさっさと本題に入った。久しぶりの再会なのに情緒がないのは許して欲しい。相手は泥棒なのだ。
「えー? 心臓なくても毎日ロクとえっちなことして魔力流して貰えば死なないじゃない」
取ってつけたようなお上品な話し方には飽きたのか、砕けた話し方で、クララがきゃらきゃらと軽薄な笑い声を上げる。
レーシーの後ろにいるロクは、クララの言葉に大袈裟にむせこんでしまう。
「確かにそれで生きながらえることはできるけど……恋人でもないのに、無理でしょ」
それは最後の手段だとレーシーは眉間に皺を寄せる。
「えっ、まだそんなこといっちゃう段階? アレから何年経ったと思ってんのよぉ」
クララは驚きに目を開いてから、くすくす笑う。
「なにがおかしいのよ??」
「えー? 教えてあげてもいいけど〜」
クララの煌めくよう強い瞳が後ろに控えるように立っていたロクに向かう。
「おい、レーシー。そんなことより心臓のことを聞け」
「たしかに」
お年寄りのようにごっほごっほど咽せていたロクに言われ、レーシーはあらかじめ考えてきていた質問を口にする。
「心臓をどこにやったのか聞こうとおもってたけど……アンタ今私の心臓を使ってるわね?」
信じられないと目を見開く。
魔女であるクララに心臓が宿っているのは、奇異な事だ。
それが自分の心臓でないならなおさら。