私のかわいい心臓
あらすじは書けているので頑張って完結させます〜
R15は保険です。
王都からそこそこ離れた街の片隅に魔女の家がある。
街の皆はどこに誰が住んでいるのかは知らないが、郵便局員は街の全員を覚えている、そのぐらいの街の規模だ。
早起きの雀が忙しなく飛び周り朝食を啄んでいる。
二階建ての家には表札はない。陽の光を取り込みやすい大きな窓はきっちりとカーテンが閉まっている。
目覚ましの音で渋々起き上がったレーシーは、ひゅっと息を吸い込んだ。理解できない出来事に喉が細く締まって声にならないが、それは確かに絶叫だった。
「ッ!!!?? 心臓がない!!!!」
ぐっすり眠って元気に起きた魔女のレーシーは、すぐさま薄手のワンピースの胸元を押さえた。
ベットの向かい側の窓にかかった遮光カーテンの向こう側で太陽が眩しく輝いている。
何十年ぶりかに上げた金切り声に喉が痛みを訴えるが知ったこっちゃない。
「昨日寝るまではいつも通りだったよね!?」
記憶をたどり自身に問いかける。
確かに昨日は少しばかり深酒をして前後不覚になり掛け布団の上で寝入ってしまったが、そんなことは日常茶飯事だ。
特になんの変わりもなかった昨日から突然の命の危機にレーシーは慌てふためいた。
胸の空洞がいつもより空虚に感じるのは気のせいなんかじゃない。
昨日までは身体の外側に置いてあったとしても心臓の鼓動を感じていた。その繋がりが今や全くわからない。
魔女の弱点は心臓である。魔女は心臓さえ無事であればなにがあっても死なない。
魔女が不死とされたのはそのためであったし、心臓を分離できない下級魔女も人間よりも比較的長生きではある。
下級魔女からようやく中級程度の力を持ち始めたレーシーが一番にしたことは心臓の分離であった。
一級品の宝箱を手ずから作り大事に鍵をかけ、封印を施したそれを家の中、ひいては自身の結界の中に置いた。
そんなおいそれと盗み出せるものではないのだ。
目まぐるしく思考するレーシーの足元で黒猫のスミスが迷惑そうに身じろいで、低く鳴く。
「あぁ、ごめんねスミス……」
レーシーの足元で丸まるようにして眠っていたスミスはレーシーの使い魔だが、この非常事態にまだ気づいていないのかとぐろを巻いたまま起きそうにない。
ピクピクと耳が動いているところを見ると、こちらの動きに少しくらいは関心がありそうだ。使い魔のくせに自由奔放なところがあるのが猫のいいところだ。いつもなら寝ているのをいいことに撫でくりまわしてやるところだが、今はちょっとそれどころではない。
申し訳程度にかけていた布団を跳ね除けると、落ち着きなくベットから飛び降りる。
レーシーは慌てて、鏡の間に行き、鏡の中に手を入れた。
さほど広くない空間にはレーシーの隠し財産があったが、それよりも大事なのは心臓である。
財産など二の次。命あっての物種。
確か右奥に置いていたはずと見てみると、宝箱が置いてあったであろう不自然な空間だけを残している。
「ない……」
そうだろうとは思っていたが、いざそれをわかりやすく突きつけられると呆然としてしまう。
「……ぇえ? なんで……?」
家の中に心臓の気配がないとなると……どこにいったのかまったく心当たりなどない。だって心臓って大事だし。
そんな簡単に持ち運んだり位置を変えたりするものではない。
心臓の気配を辿ろうと意識を向けるが、どこに行ったのか全くわからない。
「そんな………どうしたら……?」
何十年ぶりかに涙が迫り上がってくる。目頭が熱くなる感覚は久しぶりだ。
視界が滲みはじめるとぼろりと目の端から涙が溢れ頬を伝っていく。
魔女の涙は高音で売れる……。
すんすん泣きながらもぬかりなく自分の涙を小さな空き瓶に採集しながらレーシーは、ふと思い至った。
他の誰かが魔女の心臓を得たとしてまず最初にすることはなにか、ということである。
考えられるのは①魔女の殺害、②不老不死の薬の生成、③売り払ってお金にする、ということだが、①と②に関しては今現在レーシーが生きているため、目的とは考えにくい。
魔女の心臓なんてものは手元に持っていても危険なだけだ。
心臓の持ち主がめちゃくちゃ温厚な魔女でも盗んだやつは見つけ次第八つ裂きに決まっている。今のレーシーだって、盗んだ犯人が見つかれば市中引き回しの刑に処すぐらいの憤りを感じている。
心臓を長期間持っていても持ち主の魔女に見つかる可能性を上げるだけの愚かな行為だ。
魔女を殺すのが目的ならすぐに心臓を止めるだろうし、薬の原料にするにしても同じことだ。
まだレーシーが生きていると言うことは心臓も動いている。
お金か……。
たしかに生活するには先立つものがなければならない。たかがお金、とは言わないが、それにしては魔女の心臓はハイリスクローリターンであると言える。
ここには心臓以外にわかりやすい金銀財宝的なものも置いてある。それには手をつけずに心臓の宝箱だけがなくなっているのはどういうことなのか。
確かに価値だけでいえば一番高価なのは心臓だろうが……
どうやって盗んだのかは皆目分からないが、その目的がお金であるとすると、それが持ち込まれるのは曰く付きの店である可能性が高い。
幸いといおうか、この近くで、とびきり怪しい魔女の心臓にでもとびきり高値をつけて買い取ってくれそうな店には心当たりがある。
「行くわよ!」
レーシーはまだ眠りたそうなスミスの首根っこを掴んで箒に乗った。
その乱暴さを非難するようにスミスの金色の瞳が細められ、にゃぁと低く鳴いたが構ってられない。
小さな街の中にあるレーシーの家の窓は箒で飛び立つためにかなり大きく作ってある。
ドアを開け放つ。
今時箒なんて時代錯誤だが、小回りもきくし、結局箒に乗って行った方が早い。
今日ばかりは箒に乗ろうと思い立った最初の魔女に感謝だ。
長い髪をくくることも忘れてレーシーは爆速で空の上を駆け抜けた。
ドンドンとドアをたたく音が耳障りで、歯磨きをしている手を止める。
まだ日が昇ってから1時間と経っていない。
「こんな朝早くから誰だ……ドンドンうるさいッ」
苛立ち、歯ブラシを咥えたまま家のドアを開ける。
そこには真っ黒い髪を乱し、化粧もろくにしていない魔女が立っていた。
必死の形相というのがしっくりくる。
はぁはぁと息を乱し、じんわりと額に汗をかいている。
「レーシー……なにしてんだよ、こんな朝早くから」
「まだ店が空いてなかったからこっちにきたのよ!」
近所迷惑になりそうな大声で叫ぶレーシーの顔は化粧をせずとも美しい。
ともすれば化粧をしないほうがかえってその美しさを全面に押し出すことが出来そうだ。
レーシーの化粧技術がいつまでも進歩なく残念なことは素顔を知る幼馴染だからこそわかる事だ。
魔女の幼馴染もまた魔女である。
と言っても性別は男だった。
街から離れた森の近く、広大な草原を抜けてやっと見える小さな店はかろうじて街の一部ではあったが、その主人がずっと同じ人物であることを知るものは少ない。
髪型や顔つきをどことなく変えていき、店に入ることで作用する魔法を使い、あたかも年を取ったように見せているからである。そうして段々と歳をとるとまたその子供ような顔をして店に立つ。その繰り返しだ。
男の魔女は数が少ないため、疑われることはほとんどない。
今は魔女であることを隠さなければいけない情勢ではないが、いつまた魔女への風当たりが厳しくなるかわからない。
魔女狩りの歴史を知っているだけに自衛せざるをえない。
「誰か魔女の心臓を売りにきた人はいない!!??」
魔女にしてはおっとりとした性格のレーシーが慌てているのを見たのは久しぶりだなと男は思う。
相手がまだ寝巻きであることなど気にも止めずにレーシーは男に詰め寄った。
いや、かくいうレーシーも寝巻き代わりのワンピースのままだった。下着をつけるのを忘れているらしい。
薄手のワンピースに包まれた柔らかそうな胸が目の毒だ。
「……話を聞いてやる」
男は魔女の心臓、という単語を聞いて眉を寄せる。
男の髪は寝癖だらけだ。
男の色素の薄い瞳はレーシーの胸元を見ている。
心臓の鼓動がない事を確認しているのだろう。
歯ブラシを咥えながら男はレーシーを家の中に招き入れた。
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