今回は『イージーモード』
小学校の砂場で、一人の女の子がアイマスクをつける。
手には木の棒。安全のため、子どもたち全員が、「ヘルメット」と「ひじ当て」と「ひざ当て」を装着している。
さあ、『スイカ割り』の開始だ。
通常の『スイカ割り』では、周囲が声を出して誘導する。
しかし、今回は『無敵スイカ』の実践テストだ。子どもたちには申しわけないが、できる限り声を出さないように、事前にお願いしている。
とはいえ、やはり無理か。ゲーム感覚の授業に興奮して、色々とおしゃべりしている。
そんな声に混ざって、「こっちだスイカー!」という声。
あの声を発しているのは、『無敵スイカ』だ。五秒経過するごとに、少しずつ音量が大きくなる。そういう設定にしているのだ。
開発初期の企画書によると、一人でこっそり『スイカ割り』の練習ができるように、あんな仕掛けを搭載したらしい。
「こっちだスイカー!」
その声に向かって、女の子が砂場を進んでいく。ビーチサンダルで砂を、しっかりと踏みしめながら。
双眼鏡をのぞいた状態で、県知事はうなずく。いい動きだ。あれなら、浜辺に行っても困ることはないだろう。
そして、女の子が『無敵スイカ』のすぐ近くまでやって来た。
「あと三〇センチ右です」
親切に教えてくれる『無敵スイカ』。今回は『イージーモード』に設定している。
スイカの声に反応して、女の子が横に動くと、
「あ、そっちは左です。私の言い方が悪くてすみません。今のとは反対方向に、五〇センチ動いてください。そうそう、そんな感じ・・・・・・そこです!」
最適な位置に、女の子が移動した。
すると突然、スイカが声色を変えて、
「ぐははははは! この最強スイカ大魔王に、弱い攻撃は通用しないぞ!」
女の子を挑発してきた。
直後にふり下ろされる木の棒。
小気味良い音がして、
「みーごーとーだー!」
スイカが割れる。まるで包丁で切ったように、きれいな八等分だ。花が開いていく様子にも似ている。
さらに、軽快な音楽も流れ出した。
スイカを割った女の子や他の子どもたち、彼らの笑顔を見ながら、
「悪くないようだな」
県知事はつぶやく。
グンマが海を手に入れたら、あんな光景が、「県内」では当たり前になるだろう。実に、喜ばしいことだ。
小学校の先生が『無敵スイカ』に近寄って、元の状態に閉じる。
音楽が止まった。
さらに次の子が挑戦する。今度は男の子だ。
アイマスクをつけると、さっきの女の子と同じように、スイカへと近づいた。
そして、木の棒をふり下ろす。
「勇者はレベルが上がった!」
そう言って『無敵スイカ』が割れる。あのスイカ、色んなメッセージを収録しているらしい。『スイカ割り』の参加者たちを飽きさせない工夫か。
「うむ。耐久性も問題ないな」
県知事は感心する。二回ともかなり強く叩いたように見えたが、『無敵スイカ』にこれといったダメージはなさそうだ。
スイカが爽快に割れる、かつ、十分な耐久性もある。この二点を同時に解決できずに、【第七次『グンマ県に本気で海を』プロジェクト】の期間中には、『無敵スイカ』は完成しなかった。
しかし、それを見事に解決している。今回の実践テストは成功だ。すぐに他の小学校でも、『スイカ割り』の体験授業を実施しよう。
自分の代で必ずや、グンマは海を手に入れるのだ。グンマの子たちには今の内から、ビーチサンダルや『スイカ割り』に慣れていてもらう。
さらに近々、県内のプールの一部を、「淡水」仕様から「海水」仕様に改装する予定だ。海水の調達先は新潟県で、すでに最終交渉の段階に入っている。
「知事、一大事です!」
秘書がいきなり叫んだ。
双眼鏡から目を離して、県知事は横を見る。秘書がスマホを握りしめていた。いつになく真面目な顔をしている。
たった今、ある情報筋から連絡があったそうで、
「海が売りに出されました!」