ビーチサンダルに慣れる授業
太田市のおもちゃ工場に行ってから一週間後、
「いよいよだな」
県知事は屋外で双眼鏡をのぞいていた。隣には秘書もいる。
これから、とある試みを行うので、その様子を見学しに来たのだ。
双眼鏡の先は、小学校の校庭へと向けられている。
しばらくして、子どもたちが砂場にやって来た。
一クラス分の人数がいて、全員がビーチサンダルを履いている。県庁から支給したもので、グンマ県の標章が入っていた。
現在のグンマは「海なし県」なので、ビーチサンダルに親しみのない子が多い、そんな風に県知事は感じている。
しかし、それでは駄目だ。
グンマは近い将来、海を手に入れる予定なのだから、県内の初等教育に「ビーチサンダルに慣れる授業」を取り入れていく。こうしておけば、いざ浜辺に行った時に、戸惑うことはない。
かくいう県知事も今回の視察、ビーチサンダルを履いている。
小学校の砂場、その真ん中には、丸い物が置いてあった。
あれこそが、太田市の工場まで行って、手に入れてきた物だ。【第七次『グンマ県に本気で海を』プロジェクト】で開発を始めたが、時間がかかりすぎて、『第七次』には間に合わなかった物。
スイカである。
といっても、本物ではない。おもちゃだ。
あれを使って子どもたちに、『スイカ割り』にも慣れてもらう。こうしておけば、いざ浜辺に行って、「『スイカ割り』をしようぜ!」となった時に、戸惑うことはない。
それどころか、その参加者たちの中に、「海なし県」の子がいたなら・・・・・・。
県知事は想像する。
グンマの子たちは、「埼玉くん(仮名)、栃木さん(仮名)、『スイカ割り』はね、こうやるんだよ」と、優しく教えてあげるに違いない。
まあ、『スイカ割り』は浜辺でなくても、そう、たとえば、山のキャンプでもやったりするのだが・・・・・・。
この際、細かいことは考えない。あれは『第七次』の遺産だ。せっかく完成したのだから、とりあえず使ってみよう。
開発初期の企画書には、次のように書いてあった。従来の『スイカ割り』には、大きな問題点があるという。
一度割ったスイカは、元には戻らない。
つまり、スイカを割る快感は、最初の一人しか体験できないことになる。治療したスイカでは、その快感は得られない。
そんな残念を解決するために開発したのが、あの「スイカ型おもちゃ」だ。開発時の名称は『無敵スイカ』というらしい。
開閉式のギミックが搭載されていて、衝撃を受けると、真ん中から割れる。
で、割れたあとは、スイカを閉じて再利用だ。一度割ったスイカが元に戻る。最初の一人でなくても、スイカを割る快感を味わうことが可能だ。
(しかも、あの『無敵スイカ』には――)
県知事は微笑を浮かべる。
さらなる仕掛けが搭載されているのだ。