グンマ県には悲願がある
グンマで選挙が終わり、新しい県知事が誕生した。
県民の次の興味は、「就任演説の会場が、どこになるのか」だ。
グンマでは、新しい県知事が好きに決めていいことになっている。県庁でなくても構わない。ただし、グンマ県内に限る。
先々代の県知事は、「尾瀬国立公園(グンマ県内エリア)」で就任演説を行った。
先代の県知事は、「わたらせ渓谷鐵道のトロッコ列車内(グンマ県内区間)」だった。
はたして、新しい県知事は就任演説の会場を、どこにするのか。
県民たちは予想し合う。「草津温泉」、「四万温泉」、「伊香保温泉」、このいずれかが本命か。
他にありそうなのが、
「榛名神社」
「奥四万湖」
「利根川の急流下り」
「水上温泉街」
「こんにゃくパーク」
「ロックハート城」
「上野スカイブリッジ」
「県立グンマ天文台」
「土と火の里公園」
「神流町恐竜センター」
「少林山の達磨寺」
こんな感じだろうか。
歴代の中でも、比較的若い県知事なので、色んな可能性が考えられる。
あとは大穴として、
「グンマ県内のトンネルのどれか」
「温泉記号発祥の地の碑」
「グンマ県庁32階展望ホール」
はたして、新しい県知事は就任演説の会場を、どこにするのか。
県民たちが注目する中、ついに会場が決まる。
新しい県知事は世界遺産を選んだ。「富岡製糸工場」である。
レンガ造りの建物を背に、県知事は特設ステージに上がった。なぜか、大きな地球儀を抱えている。
「地球の七割は海だ」
県知事は観衆に語りかける。
「しかし、このグンマに海はない。『海が欲しいか、グンマ県』という、海あり都道府県からの嘲笑に、私たちはずっと耐えてきた」
観衆は二百人以上いる。その全員が一斉にうなずいた。
グンマ県には悲願がある。どうにかして、海が欲しい。
「そんな長きにわたる屈辱も、あと少しの辛抱だ」
そこで大きく息を吸うと、県知事は宣言した。
「約束しよう。私の代で、グンマは海を獲得する!」
これとほぼ同じことを、歴代の県知事も就任演説で口にしてきた。
けれども、グンマはまだ海を獲得していない。未だに『海が欲しいか、グンマ県』である。
だが、今回の宣言、就任演説でお決まりの「リップサービス」ではなかった。
県知事が自分の後ろに向かって、指で合図を送ると、富岡製糸工場の建物の中から、謎の一団が飛び出してきた。
コートを着た若い美男美女で、彼らの正体はグンマ出身のモデルたち。
県知事の右側に男性が、左側には女性が並ぶ。どちらも五人ずつだ。
そして、その全員が一斉にコートを脱ぎ捨てる。コートの下は水着姿だ。
「約束しよう。私の代で必ず、グンマは海を獲得する!」
県知事は再び宣言した。
ここに発足、【第八次『グンマ県に本気で海を』プロジェクト】。
観衆の間から、割れんばかりの拍手がわき起こる。
この県知事、これまでの県知事とは少し違うようだ。言葉だけでなく、視覚的にも訴えてきている。こんな演出、過去の県知事はしてこなかった。
万雷の拍手の中、
「おかめきけ!」
感極まって県知事が叫ぶ。
この「おかめきけ」という言葉、自然と口から出たもので、特に深い意味を込めたつもりはなかった。
しかし、これを「グンマ団結の合言葉」として、観衆は受け取った。
「おかめきけ!」
「おかめきけ!」
「おかめきけ!」
熱気が富岡製糸工場を包み込む。
また、この就任演説は、グンマ全域に生中継されていた。
ゆえに、県内各地でわき起こる「おかめきけ!」コール。
グンマ県には悲願がある。どうにかして、海が欲しいぞ。おかめきけ!
はたして、グンマは本当に海を獲得できるのか。
これは、その奮戦をつづった物語である。