女子社員からセクハラ告発!このまま行くと裁判か降格か?!
「あなたはセクハラ加害者として告発されました。」
俺は本社最上階にある会議室で弁護士からこう告げられる。
彼はうちの会社の顧問弁護士であり、ハラスメント対策室の社外責任者でもある。ハラスメントの被害者が社内の人間に相談しにくい場合に備えて、半年ほど前に社外窓口が設置されたのだが、今では被害相談の大半がこちらに来ているらしい。
「告発者は当社に勤める女性社員ですが、守秘義務の観点から氏名は伏せさせて頂きます。
その方は、あなたから度重なる性的ハラスメントを受けていたと訴えています。」
俺にとっては寝耳に水である。
セクハラのニュースは昨今よく耳にするものの、俺には全く関係ない話しだと思っていたのだ。
俺の職場は若い女性社員が多く、服装もラフで露出多めに感じる時もある。
だがその程度でいちいち動じることも無いし、元来が慎重派の俺は彼女達に不快な思いをさせないよう常に気を使ってきた。
これは何かの間違いではないか?
だが弁護士は冷たい口調で先を続ける。
「先程、本件に関する調査委員会が設置されました。
我々は順次、告発者と被疑者、職場の上司と同僚を対象に聞き取り調査を開始していきます。」
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大変なことになってしまった!
自部署に戻るための廊下の途中で、俺は頭を抱える。
職場のメンバーにも聞き取り調査をするって言ってたよな。この手の話しは、あっという間に広まってしまうだろう。
オフィスに入ろうとした時、廊下の反対側から長身の女性が近づいてきた。
細身のスーツに包まれた上半身は、スーツ越しにも分かるくらい鍛えられた肉体。その下の黒いスラックスも細身で、長く引き締まった印象を与えている。
その女性は肩で風を切りながら、廊下を堂々と歩いてきた。
俺の直属の上司である猪狩部長だ。
彼女は我が社始まって以来の女性部長である。完全な男性社会である俺の会社において、男まさりの大胆な行動力と強いリーダーシップを武器に、この地位まで昇り詰めたのである。
猪狩部長はオフィスに入りながら俺を一瞥し、厳しい口調でこう言った。
「後で時間取れる?ハラスメントの件だけど。」
俺の全身に緊張感が走る。もう猪狩部長には知れてしまったようだ。
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オフィスに入るとそこは俺の職場、クレーム対策室だった。
この部署の仕事は、ユーザーからの苦情や問い合わせを一元的に引き受け、取りまとめることである。
俺はその室長で、猪狩部長が統括責任者だ。
ユーザー対応が多いせいか、メンバーの大半は女性社員である。
豪華な部長席のすぐ隣にある小ざっぱりとした室長デスクに落ち着いた俺は、ため息をついて考え込む。
いったい誰が俺を訴えているのか?俺のどんな行為を告発しているのか?
目の前では多くの女性社員が忙しそうに動き回っているが、俺を訴えた相手の姿は今もわからない。
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「室長、先月のクレーム件数を集計したんですが、ちょっと見てもらえますか?」
宮脇由紀奈の声で俺は現実に戻る。彼女は数字の並んだ資料を指さしながら、説明を続ける。
「前回に比べてこの項目だけ極端に件数が増えているんです。集計方法に誤りはないですか?」
俺は彼女が指さしている項目に目を通す。特に問題は無さそうだ。
「大丈夫そうだね」、と言おうとして顔を上げたところで、俺は一瞬動きが止まる。
資料を指さす手の先には彼女の右肩があるのだが、なぜかその部分だけパックリ服が割れ、白い肌が露出している。
しばし茫然としてしまった俺は、すぐに我に返る。確かワンショルダーとかいう服装だったな。若い女性の間で最近はやりのファッションだ。これしきで動じる俺ではない。
だが凝視していた俺の視線が気になったらしく、宮脇由紀奈は不快そうな表情で右肩を反対側の手で隠す。
そこで思い出す。そう言えば以前もこんな表情をされたことがあった。しかも何度も。
宮脇由紀奈は俺の視線をいつも不快に感じていたのか?俺をセクハラで訴えたのは彼女なのか?
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「室長、月例報告用のレポートが完成しました。至急チェックをお願いします。」
今度は木村桃花が俺のデスクへ来る。これは今日中に展開する必要がある重要案件だ。
俺が急ぎ原稿をチェックしている間も、彼女は俺の前に立ったまま、作業が終わるのを待っている。
バタン、廊下で大きな物音がした。何かが倒れたのであろうか?
木村桃花がくるりと後ろを振り返り、廊下の様子を伺う。
俺もレポートから目を上げてそちらに目を向けようとした時、彼女の後ろ姿に気付く。
彼女はショートパンツ姿だった。それ自体は珍しいことではないのだが、廊下の様子を見ようと少し前かがみになった分、いつもより裾丈が短くなったようだ。
だが、これも若い女性の間では定番のファッションだ。いちいち動じるような俺ではない。
と思って生唾を飲み込んだ瞬間、それが気管支のどこかに入ってしまった。
突然むせかえり、咳が止まらなくなる。
「室長、どうしたんですか?」
木村桃花が驚いた顔で振り返る。そしてなぜかショートパンツの裾を恥ずかしそうに押さえている。
そこで俺は思い出す。つい先週も、いやその前の週も彼女の後ろ姿を見てむせかえってしまったことを。
その時も木村桃花は恥ずかしそうな表情を浮かべていた。彼女はそれを不快に感じ、俺をセクハラで訴えたのではないか?
隣の部長席からも、厳しい視線が向けられた気がした。
緊張感のあまり俺は身を硬くする。
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「室長、うちの若い女性社員の服装って、やっぱり露出が多すぎませんか?」
数少ない男性社員である柳澤が俺に声を掛けてきた。彼はこの件に関して強い不満を持っており、この話題をよく俺に振ってくる。
「正直、目のやり場に困ることもあるんですよね。」
俺だって本当はそう思っている。だが性別を理由に服装を決めつける行為は、これはこれでハラスメントの可能性がある。
だから毎度毎度、柳澤にこの話題を振られた時には、いつも無難な回答で済ませることにしている。そして今日も。
「どれも若い女性のファッションセンスだと思うよ。服装くらいは彼女達の自由にさせてあげてもいいんじゃないかな。若いんだから。」
その時である。俺の頭の中に何かが降りてきた。複雑に絡み合った糸がほどけていった。
そこで俺は話しを続ける。
「人の外面で服装を決め付けることってすべきでないと思うよ。服装がその人の内面を表すこともあるはずだからね。」
騒々しかった部屋の中が一瞬静まり返ったかのようだった。
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翌朝一番で弁護士から電話が掛かってきた。
俺に対する訴えが取り下げられたそうだ。
浮かれた俺はいつもより少しだけ早めに出勤する。
「室長おはようございます!今日は早いですね。」
少し遅れて出勤してきた柳澤に声を掛けられる。柳澤はデスクには座らず、入口付近で同僚と立ち話を始める。
その横を通って次々に社員達が出勤していくる。
「お早うございます!えっ!」
柳澤が軽い驚きの声を上げた。俺は入口の方を振り返る。
そこにいたのは猪狩部長だった。
猪狩部長はいつもながらに肩で風を切りながら颯爽と部屋に入ってくる。上半身は今日も細身のスーツを決め込み、その下には膝上10cmのミニスカートの裾が揺れている。色は鮮やかな紫!
そう、セクハラで俺を告発したのは猪狩部長だった。女性の年齢を理由に服装を決めつける俺の発言が、部長には許せなかったのだ。
「部長、そのスカート素敵ですね。色もきれい!」
宮脇由紀奈が部長に話しかける。
「みんなで話してたんですよ、部長の脚は絶対きれいだろうって!」
他の女性社員も集まってきた。賞賛の言葉を浴びて、部長の表情もまんざらでは無い。
部屋の反対側では木村桃花がその様子をじっと見つめている。
表情はかなり悔しそうだ。彼女は今日もショートパンツ姿なのだが、部長には敵わなかったらしい。
負けず嫌いな彼女のことだ。明日はもっとショートなパンツで来るかもしれない。
俺は深いため息をつく。
ただでさえ最近目のやり場に困ることが多いのに、ますますそれが無くなってしまう。
いっそのことクレーム対策室に相談してみるか?
だがその考えはすぐに捨て去る。
俺はクレーム対策のプロだ。クレームは全身全霊を持って撲滅していかねばならないのだから。