始まりは自分でもよくわからない
「……にしても驚いたよ。二人が同じ中学で、同じ部活に入っていたなんて」
神が与えたとしか思えない、二人きりでの下校途中。なんとか藤枝さんとの会話を繋げようと、俺は昼間のことを口にした。
「うん、もっと早く言えばよかったんだけど、ごめんね」
「いやいや、謝らないでよ! こっちこそ、その……ここ数日お昼時間に騒がせてごめん。――あ、けど俺と理沙は別に本当になんでもないからね!」
ここで誤解を解いておいて損はない。俺は多少わざとらしい言い方になりながらも、藤枝さんに念押ししてそう言った。
「わかってるってそれくらい! ――それにしても理沙ちゃん、相変わらず元気だよね」
どこか遠くを見る眼をしながら、藤枝さんは過去を懐かしんだ。
「やっぱり、中学の時も、あいつってあんな感じだったの?」
少し気になり、俺は藤枝さんに詳しく尋ねてみることにした。
「うん、理沙ちゃんは同学年だけじゃなくて、上級生からも下級生からも、すっごい慕われていたんだよ。それこそ男女関係なく」
「へえ、そうなんだ」
出会ってまだ日は浅いが、なんとなくそんな気はしていたので、そこまでの驚きはなかった。
「けどまさか真砂くんの妹になるなんて思いもしなかったなあ。ねえ、いつ理沙ちゃんって、その……妹になったの?」
少し言葉を濁し、聞きにくそうに尋ねてくる藤枝さん。おそらく、言った後で、我が家の「家庭環境」とかいうやつに首を突っ込もうとしていると考えたのだろう。まあそのへんはたしかに、普通だったら聞きづらいだろうな。
「……いっやあ、実は俺もよく知らないんだ!
冗談めかした感じで俺は答える。実際、本当に唐突のことだった。
今年の春休みに入ってすぐのことだった。長期出張をしていた親父が久しぶりに帰ってきたかと思うと、その後ろから紗苗さんと理沙が現れた。
『会わせたい人がいる』
『いやもういるじゃん』
親父にそうツッコミを入れた後のことはよく覚えていない。あまりに唐突過ぎて、あまりに頭に血が上っていたからだろう。
四月に入る頃には、俺たちは家族になっていた。だが、親父と沙苗さんは、婚約旅行に旅立ち、いまだ世界を回っている。
「――え、そうなの?」
変に隠すよりは正直に言ってしまおう。俺の超ザックリとした説明に、藤枝さんは目を見開き驚いた顔になった。
「す、すごいお父さんだね」
「ははっ。俺も最初は、親父が仕組んだ、どこぞのドッキリテレビの企画かと思ったよ。もしくは質の悪い美人局に引っかかったとか!」
「つ……? なにそれ?」
「――い、いやなんでもないよ!」
ただの笑い話にしようとしたのが裏目に出た。聞き慣れない言葉に藤枝さんは頭にはてなをつくりキョトンとする。これはこれで可愛い……じゃなくて。
「でもよかった! 理沙ちゃんのお兄さんが真砂くんみたいな人で」
「……あ、ありがとう!」
胸の鼓動が飛躍的に上昇する。……今すっごい嬉しいことを言われたような気がした。俺は歩く速度を落とし、ポーッとした気分になった。
「――けど理沙ちゃんってさ」
そんな俺を無視するように、藤枝さんは突然、物思いにふけった顔になった。
「ねえ、真砂くん」
「は、はい!」
裏返った声になり、俺は変な反応をした。
「理沙ちゃん、……ちょっと……いやかなり真面目すぎるところがあるから、気にしてあげてね」
「……え? あ、うん……」
どういう意味かはわからないが、俺は曖昧にそう返事をした。
その意味がわかるのは、少し経ってからだった。