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妹たれる  作者: 本間甲介
理沙
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意外な事実

「そ、それ美味しそうだね!」


「でしょ? ここの食堂の唐揚げ定食は一押しなんだ! 良かったら食べてみる?」


「い、いや! いいよいいよ! ありがとう!」


 お盆の上の皿に盛られた、黄金色に焼けた唐揚げを、藤枝さんは箸で掴み、俺の口元へ持ってこようとする。こんなチャンス滅多にない……そう思いながらも、俺は思い切り手を横に振り、テンパりながら藤枝さんの申し出を断った。


「そっか、じゃあ全部いただくね! ……うーん、美味しい!」


 俺の口元から自分の口元へと唐揚げを移動させ、大きく口を開けて頬張る藤枝さん。「食は人を笑顔にする」という言葉がここまで似合う者も珍しいくらいの、いい食べっぷりだった。


「……もぐもぐ。あ、真砂くんも早く食べないとラーメン伸びちゃうよ?」


「あ、ああ。そうだね……!」


 藤枝さんに見惚れていて俺は箸が止まっていることに気づいた。俺は慌てながら再び手を動かし、どんぶりの麺を箸ですすっていく。昨日もそうであったが、俺という人間は緊張状態に置かれると、味覚が麻痺するらしい。好物であるラーメンを食べているにもかかわらず、まったく味がしなかった。


 

 四時限目のチャイムが鳴って、授業が終わった直後。普段は神無月や行蔵といっしょに机を囲み昼食を取るというのが常の中、俺は教科書類を急いで机の中にしまい込み立ち上がり、前方に座る藤枝さんのことを呼んだ。


 振り向く藤枝さんが放つ言葉にドキッとしながらも、やはりそこは藤枝さん。朝俺とした約束は忘れていなかった。


 俺は藤枝さんに「先に行って席を取っておくから、注文をお願いできるかな?」と、藤枝さんの注文を尋ねた。


 そんな俺の問に対し、藤枝さんは「一緒に行けばいいんじゃ……」的なことを言おうとしたが、俺の熱意が伝わったのか、「唐揚げ定食をお願い!」と明るく言った。


 それを聞き終え俺は速攻で教室を出て、一階の食堂までの道をダッシュで駆けた。


 好きな女の子のためにも急がなければ……! まず俺の頭にその思いが浮かんだ。だがのちになって考えると、それは全体の六割くらいで、残りの四割は別にあった。



『おにいちゃん!』



 頭の中にその単語が浮かぶ。――そう、俺は理沙がまた来るのを恐れていたのだった。



「……ねえ、……くん、真砂くん!」


「うわっ!」


 自分の世界に入り込もうとした俺を呼び戻したのは、俺を呼ぶ藤枝さんの声だった。思わず俺は上ずった声を上げてしまった。


「どうしたの、大丈夫?」


「あ、ああごめん……! ちょっとぼーっとして……!」


 慌てて俺は、藤枝さんを安心させる。ってか、自分から誘っといてぼーっとするって、最悪だろ……。


「そっかあ、よかったあ!」


 ほっとした顔になる藤枝さん。罪悪感がさらに増した……。今は理沙のことを考えている場合じゃねえだろ、しっかりしろ! 


「そういえば真砂くんに聞きたいことがあるんだけど」


「なに? なんでも聞いてよ!」


 気持ちを切り替え、俺は眼の前の藤枝さんにのみ集中し、話を聴く体勢をつくる。


「うん、その……言いづらかったら言わなくていいんだけど……」


 彼女には珍しく、喉に何かが引っかかったような物言いだった。少しして、藤枝さんは続きを口にした。


「えっと、ね……。真砂くんって――」


「あーっ! やっと見つけた!」


 心臓がぎゅっと鷲掴みにされた気分になった。冷や汗がばっと湧き出てくる。俺はそのよく聞き覚えのある声のした方へ顔を向ける。


「うおっ!」


 本日何度目の驚きだろうか。振り向いた先にはすでに、理沙の姿が目と鼻の先にあった。


「理沙、お前なんで……!」


「それはこっちのセリフだよ! おにいちゃん、今日もいっしょにご飯を食べるって約束したじゃない!」


「してねえよ!」


 俺の驚きをよそに、理沙は勝手に話を進めていく。――おそらく、あの馬鹿二人が教えたに違いない……! 俺は後で二人をぶん殴ろうと心に誓う。ってそれよりも今は――。


「もう、それじゃ今からでも一緒に食べようよ……って、あれこの人……」


 俺の向かいに座る藤枝さんに気づく理沙。――頼む! 余計なことは言わないでくれ……! 


「……せん、ぱい?」


「え?」


 だが、俺の心配をよそに、理沙の口から出たのは意外な一言だった。思わず俺は目を見開いた。


「久しぶり、理沙ちゃん」


「うっそー! 菜々子先輩って同じ学校だったの!?」


「そうだよ。しかもわたし真砂くんと同じクラスなんだよ」


「えー! ホントですか!?」


「――え? え?」


 それは初対面の者同士が交わす挨拶ではなかった。二人は旧知の仲のごとく、会話に花咲かせようとする。訳の分からない俺はなんども二人の顔を交互に見回すしかなかった。


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