今年三番目くらいにラッキーな
「宿題は自分でやるものだと思うよ、真砂くん」
「似合わないからそういうキャラはやめた方がいいと思うぞ」
いつもとは違う、他人行儀な真面目キャラのような言い方の行蔵。行蔵はかけてもないメガネをくいっと上げる素振りを見せ、真面目な生徒を気取ろうとする。俺は即座にツッコミを入れる。
「うるせえ、この幸せもんが! お前に見せる宿題なんざねえ!」
すぐさま口調を元に戻し、ぐいっと顔を近づけ睨みつける行蔵。それがどっちの意味かは、普段の行蔵を見ていればわかるが、少しでも期待した俺が馬鹿だった。
「おまえ、まだ昨日のこと根に持ってんのか?」
「ったりめえだろうが! なーにが、『義理の妹なんざいいもんじゃねえ』だ! 『いいもんじゃね?』じゃねえか!」
「……日本語って難しいな」
アクセントの違いだけで、同じ言葉でも別の意味を持つ。日本語ほど複雑な言語は無いだろう。……って今はそういう話じゃねえか。
「いやそれと宿題を見せてくれるかは全く別の話――」
「あーんな可愛い子に、毎日弁当作ってもらいやがって……!」
「たまたまだ、お前も知っているだろ。いつもは俺が昼はパンなのを」
家庭の事情からそれなりの料理スキルを持ち合わせている俺だが、弁当は自分で作ることはない。理由は面倒だからだ。
料理というのは人に食べてもらってこそ気合が入る。よって自分に対してはそこまで気合は入らないからだ。
「んなことどうでもいいんだよ! 俺なんか三日に一回、母ちゃんから五百円玉もらってやりくりしているってのに……」
「へえ、ってことは一日あたり約一六六円か……。おお、コンビニでカップうどんとかそばは買えるな」
携帯の電卓機能で試しに計算してみる。一ヶ月あたりおよそ五千円もらっているっていう計算にもなる。……こうしてみるとけっこうもらっているな。
「冷静に計算すんじゃねえよ! ってかこれは食費だけじゃなくて、俺の一ヶ月分の小遣いなんだよ! いやそもそもそういう問題じゃねえ! つまりだな、お前という人間は……」
選挙演説するかのように、机を力強く叩きながら自説を語っていく行蔵。もうこいつは当てにならないな……。いつも見せてやっている恩を返してもらおうかと思ったが、俺は諦めた。
朝のホームルームが始まるまであと五分。宿題提出の教科は一時限目。宿題の量としてはプリント二枚分。さらに俺の嫌いな数学……。
冷静に計算した結果、残りの時間で自分ひとりの力で終わらせることはやはり不可能と判断した。
「……よって実の妹だと思っていた者が、義理の妹だとわかった時ほど頭を悩ませることはないということだ。血のつながりという、切っても切れない関係に悩まされていたものが、一気に解消するわけだからな。しかし……」
熱弁を振るう行蔵を無視し、俺は次なる打開策を探そうとする。
「ふひっ、どうしたんです真砂氏?」
「うわっ!」
薄気味悪い声が生暖かい息とともに、耳元に伝わってきた。ほぼ反射的に俺は耳元に囁いてきた誰かの頬を思い切り殴りつけた。
「ひひゃっ!」
張り手の気持いい音とともに、変な叫びが上がる。見るとそいつは神無月であった。
「な、なにをするのであります! 痛いではないじゃありませぬか!」
「うっせっ、いきなり耳元で囁くからだろうが! 宿題見せやがれ!」
怒ると同時に俺は神無月から宿題の提示を申し入れる。
「妹さんのコスプレ写真を撮らせてくれるならば!」
「しね!」
再度、今度は神無月のボテ腹めがけて拳を放つ。だが、肉の壁によって効果はゼロだった。
「それはそうと真砂氏、実は吾輩、先日町で……」
「わかったわかった、少し黙れ」
「あの真砂氏……」
神無月をほっといて、俺はプリントに顔を向ける。当然、未だ空白のままだ。……ああ、こいつらに構うんじゃなかった! 時間は刻々と過ぎていく。
「うううっ! 行蔵殿ー!」
「……ん、おう、どうした?」
「真砂氏が、真砂氏が……!」
「あ、そうそう。ところでお前に借りたゲームなんだけど、あれってナコちゃんエンドあんのか?」
「……むむ!? 良い所に気が付きましたね、行蔵殿! 実はあのゲームはですね……」
俺への愚痴を行蔵に言おうとしていた神無月は、いつの間にか行蔵の振った話題に流されるように、ディープな話に花咲かす。うるせえ。
「こうなりゃ――」
頬を数度叩き、俺は覚悟を決めた。――なんとか自力でやってみよう……最悪、適当にでも埋めなければ……。
「はい、真砂くん。プリント!」
少しクシャッとなった、机の上に広げられた俺のプリント。その上からニュッと真新しい、答えの埋められたプリントが表れた。
「え? ……って、え? ……え?」
「もう、何回『え』って言うのよ。写していいよ!」
陽気な、見る者すべて……とは言わずとも、少なくとも焦燥に駆られた俺の心を、瞬時に癒してくれるような笑顔が、俺の席の真ん前――藤枝さんが送ってくれた。
「……ありがとう、藤枝さん!」
座ったままであるが、俺は誠心誠意、藤枝さんに感謝の意味を込めて深々と頭を下げた。(これが他の奴なら、「サンキュ!」程度で済ますところだろう。)
「いいよ、そんなに感謝しなくても! ほら、早く写して写して!」
ポンポンと俺の頭を叩き、宿題を写すように急かしてくれる藤枝さん。……まっずい、泣きそうだ。
「お、おう!」
顔は赤くなっていないだろうか? 呼吸の乱れを完治されていないだろうか? 俺の気持ちに気づいていないだろうか?
ありとあらゆる不安をかき消すように、俺は一心不乱でとにかく宿題を写すことに集中した。
「……よっし、これは……!」
「もう少しだよ、頑張って!」
頭を使わない、言ってしまえば単純作業。だが眼前にいる藤枝さんによって、別の意味で頭がいっぱいいっぱいだった。
「おーい、席につけー」
最後の問題を移し終えた時だった。我が担任、野水がふわあっとあくびをしながら教室に入ってきた。それからチャイムが鳴った。
「――よっしゃ、セーフ! ありがと藤枝さん!」
チャイムが鳴り響く間、親しき者の近くで談笑していたクラスメイトが自分の席に戻る。俺は藤枝さんにだけ聞こえるような声の大きさで、感謝の言葉とともに、プリントを返した。
「うん、よかった!」
同じように小声でそう返す藤枝さん。くうっ……! なんて良い笑顔なんだ。惚れなおしてしまう。
「あの……!」
テンション上がって、心の中の声をそのまま吐き出しそうになる。落ち着け、俺! まだ早い……。
「どうしたの?」
だが、遅かった。藤枝さんはそおっと振り向く。
「あ……えっと……」
こうなっちゃ仕方ない……。俺はバックバクとなった心臓を抑え込みながら、
「しゅ、宿題のお礼にお昼、お、奢らせてよ!」
「いいよ!」
――即答だった。
「それじゃ出席を取るぞ。……その前に」
「……であるからしてですね、あのキャラの設定は変わったのですよ」
「マジかよ! ちょっとパソコン買ってくる!」
「僕のお古で良ければ差し上げますよ?」
「マジか! じゃあ今日の放課後にでも……」
「その前に真砂氏に返却をしてもらわなければ……」
「いよっしゃあああ!」
「真砂、神無月、門倉。黙れ」
悪友どもの馬鹿話に混じって、俺はいつの間にか藤枝さんの返事に対して、そんな風に叫んでいた。