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妹たれる  作者: 本間甲介
理沙
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異様に長い一日の終りに

「それじゃおやすみ」


「え、おにいちゃんもう寝ちゃうの?」


 たったいま風呂から上がってきた理沙は、俺の言葉に残念そうな顔をした。


「これから面白いバラエティ番組があるのに……」


 Tシャツと短パンのラフな格好の理沙は、うらめしそうにテレビ画面を見る。


「明日も学校だろ。お前も早く寝たほうがいいぞ」


 なんとか引きとめようとする理沙だが、いかんせん俺はあまり夜は強くない。


「うーん。わかったよ、あたしも今日はもう寝よっかな」


 あっけらかんと考えを変える理沙。理沙はリモコンを使いテレビを消して立ち上がる。


「戸締りは俺がしておくから、歯を磨いてきていいぞ」


 台所の火の元を確認しながら、俺は理沙にそう促す。


「ありがとう、おにいちゃん!」


 理沙はドタバタと足音をたて、洗面所へと向かう。その間俺は、玄関の戸締りをしようと、リビングを出る。


「ねえ……、おにいちゃん」


 洗面所の方から理沙の声が聞こえる。何だと俺は返事を返す。


「――えっとね、そのね……」


 もじもじと体を揺らしながら、理沙は上目遣いで俺を見る。嫌な予感がした。


「いっしょに寝ない?」


「――断る」


 予想は当たった。俺は一瞬動揺するもすぐに首を横に振り、理沙の冗談を受け流した。


 この前言われた時はめちゃくちゃビビったセリフだが、二度目となるとさすがに慣れた。


「……残念! おやすみ!」


「ああ、おやすみ」


 歯を磨き終えたのか、理沙はそう言って階段を登りはじめる。二階の、元は俺の部屋だったドアが開き閉じる。さて、俺も歯を磨いてさっさと寝るか。戸締りを終えた俺は洗面所に向かう。


「あ」


 その時ちょうど、俺は二階から下りてきた七桜と洗面所で鉢合わせた。俺達は少し見つめ合い、立ち止まる。


「……先にどうぞ」


 先に動いたのは七桜だった。七桜は洗面所の鏡台を指さし俺にそう促す。


「あ、ああ。それじゃあ……」


 言われるままに俺は歯ブラシを取り、歯磨き粉をつけゴシゴシと歯を磨く。鏡の後ろで七桜は、後ろを向きながら待っていた。


「………」


 微妙な空気が再び流れ出す。さっきのこともあるので、メンタルの弱い俺にはとても耐え切れるものではなかった。


 やっぱ、まだ怒っているんだろうな……。今さらながらに先ほどの件は軽率だったと後悔する。


 普通に考えりゃ、気持ち悪いよなあ。昔ならばいざ知らず、思春期真っ盛りの年頃の、兄妹とはいえ女の子に対し、俺のあの行為はなかった。


 謝っておこう……。これ以上気まずい状況が続くのは、俺自身が嫌だ。ガラガラと最後にうがいをし、歯磨きを終えて俺は七桜に振り返る。


「七桜、さっきのことなんだけど……」


 勇気を出し、俺はさっきの件と合わせ、何か知らない内にやったであろう不手際についても謝罪の言葉を口にしようとする。


「…………っ!」


「悪かった」と言いかけた時だ。七桜はぎょっとした顔で俺を見た。


「あの……、どうした七桜………あっ」


 七桜の視線の先が俺の右手――歯ブラシを持っている方に向いていることがわかり、なんだろうと思い俺も視線を落とすと、七桜の表情の変化の理由がわかった。


「い、いやこれは……」


『慌てていたから……』――言い訳としては最低な部類だが、実際そうなのだから仕方ない。けれど、結果的に、俺はまた「やって」しまった。


 プロボクサーを思わせる、スナップの利いた右手で、俺からその歯ブラシを取る七桜。七桜は大事そうに、「俺が間違って使ってしまった」、自分の歯ブラシを抱えこむ。


「わ、わりい……!」


 謝るつもりがさらに謝る事態を引き起こしてしまった。七桜はキッと鋭い眼で俺を睨みつける。


「おやすみ……」


 低い声で意外な言葉を口にする七桜。俺は「え?」と聞き返してしまった。


「お・や・す・みっ!」


 今度は感情を露わにした声で、もう一度同じ言葉を口にする七桜。


「あ、ああ。おやすみ……」


 威嚇された小動物のごとく、俺は七桜に従うように、そっと洗面所を出た。


「うっわ……やっちまった……!」


 悶え苦しみ、死にたい気分になってきた。俺は痛めた胸をおさえ、二階に上がる。洗面所の光はまだついていた。


「どうして俺はこうも、魔の悪いことばかりしますかねえ……」


 自虐的になりつつ、俺は二階上がって奥の方にある、本来物置部屋であった、マイルームのドアを開き、そのまま敷きっぱなしの布団にダイブした。


 とりあえず寝よう……。やるせない気分に陥った俺は、強引にでも寝ることにした。


 意識が徐々に無くなっていく。体の疲れが、精神の疲れがマットに吸収されていく感じだった。


「おやすみー」


 誰に言うわけでもなく俺は就寝を告げる。電気を消すのを忘れていたが、もう起き上がる気力はない。


 あ、宿題忘れてた……。それを思い出した時、俺の意識は完全に途絶え闇に落ちた。


 ――結局、宿題は学校ですることになった。


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