無言より重いものはない
あえてもう一度言おう。教室内の喧騒が、一気に静かになった。
俺は首をロボットのように動かし、教室後ろドアに視線を向けた。閉まっていたはずのドアは、一人の女子生徒によって開かれた。そいつが、教室内を静めた張本人でもあった。
「お兄ちゃん、今からでもいっしょにご飯食べない!?」
見慣れた弁当袋を持ち、周囲の視線なぞまるで気にもとめない様子で、俺に近づいてくる。
ショートカットの髪型に、少し日に焼けた肌。明るい声に似合った、見る者すべてを元気にするかのような満面の笑顔……。現れたのは、先ほど話題にしていた「義理の妹」、理砂であった。
(噂をすればというやつかよ……)
このタイミングで来てほしくはなかった。理砂は俺の机の前まで来ると、手に持った弁当箱を広げ、俺に弁当を差し出す。よく見ると、弁当袋は二つあった。
「はい、お兄ちゃんの分! 実は作ってたんだ!」
そう言って、笑顔を絶やさず俺の前に黒色の弁当箱を差し出す。俺は一時、思考停止した。
「あの……俺今パン食ったばかり……」
「今回はけっこう自信があるんだ! ね、お兄ちゃん早く食べて感想聞かせて!」
俺の言葉に重ねるように、理砂は早く食べるようにと促す。
「お、おう……」
とてもじゃないが、断れる雰囲気ではなかった。周囲の(主に男子から)の視線が痛々しいと感じた。行蔵と神無月に関しちゃ、狐に包まれたように、きょとんとした顔をしたかと思うと、ものすごい形相で歯ぎしりをしている。……見なかったことにしよう。
「お兄ちゃん、早く早く!」
理砂は強引に箸を持たせようと体を近づける。視線がさらに鋭くなった気がした。
「――い、いただきます……」
手を合わせ、俺はいたたまれない気持ちを抱きながら、弁当のおかずに手をつけ始めた。コロッケにヒレカツ、エビフライ、カキフライ……。俺の好物ばかりだが、全部食べたら確実に胃が死んでしまうやつだった。
「おいしい、おにいちゃん?」
好奇心旺盛といった具合に、覗きこむようにして訊いてくる理沙。ここで俺は大切なことを忘れていたことに気づいた。俺は悟られぬよう、そおっと目線だけを上げ、教室内のある部分に注目する。
俺と理沙のやり取りを、男子は嫉妬、女子はヒソヒソとする中、彼女だけは違った。彼女は、俺の方を向きいつものようにニッコリと笑みを浮かべていた。
「ねーおにいちゃん、あたしの『愛』は伝わったの!」
肩を掴み、ブンブンと俺を揺らしながら、さら誤解を招くことを言う理沙。殺気がいっそう増した気がした。――だが彼女だけは、微笑を浮かべたままこちらを見つめていた。
二重の意味で胃が重くなってきた。
……あえて、言わせてもらおう。彼女の視線が気になり、味もよくわからなくなってきた弁当を食べながら、俺は心の中でこう呟いた。
(「義理の妹」なんざ、いいもんではない)