一人っ子たちは妹を語る
「義理の妹に勝るものなど存在しねえ!」
突然、行蔵は机を力強く叩き、俺に叫んだ。思わず俺は飲んでいた牛乳を机に飛散させた。
「いきなりなんだよ……」
机の中でくしゃくしゃになったプリントを一枚取り出し、雑巾がわりに机に飛び散った牛乳を拭きながら、一応反応を返してやる。……あ、これ次の時間で使うプリントだ。
「何ってとぼけるつもりですか、真砂氏? 理砂さんとのことに決まっているであります!」
行蔵に続くように、菓子パン数個を一気に食いながら、神無月は黒縁メガネをくいっと上げながら、俺の妹の名前を口にした。
「食べながらしゃべるのは行儀が悪いぞ」
「なーんで理砂ちゃんみたいな可愛い娘が、お前の妹になってんだよ!」
俺の忠告を無視し、行蔵は少し自分に酔った風に声を張り上げる。
「知るか、親父に聞け」
この手の話題をここ一週間で何度聞いたことだろうか。だんだん面倒くさくなってきた。あとご飯に食べかすを散らかすんじゃねえ。俺が文句の一つでも言おうとする前に、二人は愚痴を続ける。
「くっそーホント、羨ましいよなあ!」
「まったくでございますよ行蔵殿。真砂氏は今後の恋愛運すべてを『今』に費やしているとしか思えない!」
「妹とラブコメるつもりはねえよ」
神無月の妄言に、即座に俺はツッコンだ。……ったく、んなわけねえだろうが。なーにが楽しくて妹にそんな大切な「運」を使わにゃならんのだ。
――だが仮に……神無月の言うとおり、恋愛運が『今』に集約されるんなら……。俺は教室のある部分――女子数人が固まってお弁当を食べている場所に視線を向ける。そこでは他のグループとは違い、いっそう明るい雰囲気に包まれていた。
「……さんに使われた方がいい」
ぼそっと俺はそう呟いた。
「さらにいうなら、お前んちって、今家に親いないんだろ?」
「ん、ああ、今んとこ俺たちだけで暮らしているよ」
どうやら俺のつぶやきは聞こえていなかったらしい。ほっとしながら俺は、行蔵の通算七度目の問いに、再び同じように答えた。
「まさにギャルゲ的展開ですな……! リア充爆発しろであります!」
「そういうのは本当にリアルを充実している奴、身近なところで美濃くんあたりにに言ってくれ」
神無月の怨むような声に対し、俺は隣の教室を指さす。昼飯買いに行った帰りに、ちらっと見たが、美濃くんの周りには先輩後輩同級生、少なくとも三人の女子が、美濃くんに対し、弁当を差し出していた。あれこそ真のリア充だ。
「両親のいない中、二人の妹と暮らす兄……」
「さらに一人は義理の妹で、学校でも人気の女の子……」
ブツブツと言い合う二人。客観的に対照的な二人が並ぶと、異様感がさらに増すな。行蔵の方から先に顔を上げ、口を開いた。
「なあ……お前……」
「真砂氏、君は……」
「なんだ?」
突然深刻そうな声に変わり、二人は真剣な面持ちになる。
「なんだよ?」
少しの沈黙、俺は苛立って二人に先を促す。
「ぜったいヤってんだろ!」
息を合わせ、二人は「ヤ」にアクセントを置いて、そう訊いてきた。
「……一応訊いてやるけど、何をだ?」
半ば予想はついていた。そう思いながらも俺はパンを置き、俺は二人から詳しく問うことにした。
「そりゃあお前、『ラッキースケベ』的な展開をだよ」
「……頼むから一般人にもわかる言い方をしてくれ」
「つまり、エ○ゲ主人公的展開といったところです」
「○が隠れてねえよ」
行蔵と神無月ははわけのわからないこと(実際のところは分かるんだが分かりたくない)をのたまう。すると神無月、メガネをくいっと上げ、説明を付け加える。
「それはですね真砂氏、『妹がお風呂に入っているときに間違って入る』とか、『妹の着替えをのぞく』とかといった――ぶぼえらっ!」
「ばぎらっ!」
神無月にアホなことを言い終わらせる前に、俺は机の下から、思い切り行蔵と神無月の向こう脛を、各自思い切り蹴りつけてやった。
「いってえ! おまっ、何すんだよ!」
「な、何をするであります、真砂殿! 拙者は女の子に足蹴にされるのは好きですが、殿方にそういったプレイをされて喜ぶほど、変態ではありませぬ!」
大げさともいえるリアクションで、二人は蹴られなかった方の片足だけで立ち上がり、蹴られた方の足を持ち上げる。
「てめえらが変なこと言うからだだろうが。今度くだらねえこと言ったら、もう片方も蹴りこむぞ」
決して脅しではなく、俺は冗談抜きで、二人がまた妄言でも口にすれば、即刻蹴りを入れるつもりだった。踏み越えてはいけない線を越えるのならば、俺は決して親しき者でであろうと容赦しない。
「わ、わかったよ……! 俺たちが悪かったよ!」
「謝罪します、すまぬで御座る、真砂氏」
高校に入ってからの付き合いになるが、俺の忠告を本気と受け取った二人は、少し怯えながらも謝罪の言葉を口にし、再び席についた。それから二人は黙々と、食べかけの弁当を食べるのを再開した。
教室内、他が楽しく話し合いながら昼食を取る中、俺と向かいの二人との間には妙な空気が流れた。
流石に言い過ぎたか……いや、あれぐらいしないと、こいつらはいつまでも理沙をネタに変な妄想を繰り広げるだろう。そうなったら面倒だ。俺は話題をそらすため、今日の国語の時間に習ったことから、思い出したことを話してみることにした。
「なあ二人とも。森鴎外の子供の名前って――」
「『義理』ってつくだけで、すげえ萌え要素だよな……」
「まったくです行蔵殿! 『義理』こそ、至上の極み、垂涎の的!」
俺の渾身のうんちくにわざと被せるように、二人はまたおかしなことを言い出した。
「義理の姉……義理の母……そして義理の妹……!」
「ふう……、想像しただけで興奮してきたであります!」
「『義理チョコ』のどこに萌え要素があるんだよ」
「……あ」
変な気を起こされてはたまったものではない。俺は二人が最も気にすることを言って、気分を削ごうとした。予想通り、俺のツッコミに二人はみるみる顔を青くする。行蔵はガクッと肩を落とし、神無月は胸を抑えうつむいた。
「それを今言うかよ……!」
「真砂氏……世の中には言っていいことと悪いことと言うのが……!」
「お前らが振った話だろうが。……でも、まあ悪かったな」
想像以上の落ち込みぶりに、俺は気の毒になって謝った。とっくに吹っ切ったと思っていたが、二人はまだあの時のことを引きずっているらしい。
「――まあそれは置いといてよ。お前らが言うほど『義理』の兄妹関係なんざ、良いもんばかりじゃねえぞ」
「んんっ? どういうこったよ?」
「聞き捨てなりませぬな」
俺の言葉に納得いかない顔をし、二人はは体を戻し俺を見る。この顔を見る限り、やはり二人は、「義理の妹」とかいうやつに、漫画やゲームで培った幻想を持っている。いつまでも夢見させると、今後もうるさいことを言われかねない。俺は行蔵に現実を教えてやることにした。
「つまりだな、義理の妹なんてものは――」
「おっにいちゃーん! 可愛い妹が会いに来たよー!」
教室内が一気に静まった。