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妹たれる  作者: 本間甲介
理沙
19/31

一難去って

「そういや理沙、ちょっと聞きたいことがあるんだが」


 自転車を押しながら、隣に並ぶ理沙と一緒に帰りながら、俺はずっと気になっていたことを尋ねることにした。


「なに? 正兄?」


 若干、呼び方を変えて応える理沙。俺は一瞬驚きながらも、続けて尋ねる。


「その……お前が演じようとした『理想の妹』像ってのは、いったいどこからきたやつなんだ?」


 そう、これが一番の謎だった。理沙はどこから「あんな妹」のシチュエーションを演じようなんて思ったんだ?


「えっと……ごめん、正兄!」


 俺の問いかけに、理沙はほんの少し躊躇したと思ったら、理沙は急に頭を下げた。


「ど、どうしたんだよ……!」


 俺は立ち止まり、理沙を見る。頭を上げた理沙は、周囲をよく見回しながら、人気の少ないことを確認すると、肩からかけていたバッグの中からゴソゴソと何かを取り出した。


「ん? なんだそれ?」


 理沙が取り出したのは、特に何の装丁もされていない、サラリーマンが使うようなシステム手帳を取り出した。理沙はそれを俺に差し出す。


「えっと……見ていいのか?」


「うん、もうあたしには必要ないから」


 理沙は吹っ切れたように、強引に俺に手帳を手渡す。俺は最初のページを開く。目を疑った。



【理想の妹とは】


 赤字ででかでかと書かれたタイトルが、まず俺の目に飛び込んできた。その下に、黒い字で箇条書きに書かれてあった。



【妹は兄を起こさなければならない】


【妹は兄を好きでなければならない】


【妹は兄のことをお兄ちゃんと呼ばなければいけない】



 

「……これはなんだ?」


 なるだけ冷静に俺は聞いた。理沙は不思議そうな顔をした。


「正兄の部屋にあった本に書かれてたことだよ。……あ、ごめん、勝手に持ち出して……!」


「俺の部屋……いや嘘だろ?」


 まったく記憶にない。俺自身のプライドに関わる問題なので、俺は真っ向から全否定する。


「でも正兄の部屋の机の本棚に挟まってたんだけど?」


「だから……ってちょっと待て! それっていつのことだ!?」


「えっと……二週間くらい前の、正兄の友達が泊まりに来た次の日だったと思うけど……」


「……ちなみに、その本のタイトルは?」


 99パーセント予測はついていた。俺はにおそるおそると答え合わせをした。



「えっと、『イモれる』ってタイトルの本だったと思うけど」


「やっぱりか……」


 肩の力がガクッと抜けた。今ここにすべてが繋がった。


 あんな馬鹿げたことが書かれた本がまともに出版されるわけがない。ならば考えられるのは一つ。自分で出す――。


「……ってお前、なんとも無かったのか!?」


 冷や汗をばっと出して、俺は慌てた声を出した。


「何ともって?」


「いやそりゃ、その本を見てだよ! その……お前みたいなのが見たらまずい本なんじゃ……」


 どんな内容の本かはわからない(ろくな本ではないだろう)が、理沙の見た本が「同人誌」ってやつだとすると、つまりはエロ本だ。十八禁だ。そもそも女の子が読むようなものじゃない。



「え……別に、可愛い女の子の絵が、あたしが書いたメモの内容といっしょに載っていた本だったけど……」


「……えっ? エロ本じゃねえの?」


「ううん。というか正兄! 女の子にそんなこと聞いちゃダメだよ!」


 理沙は怒った声を出す。え、同人誌ってエロ本の別名じゃなかったの? 理沙の話を聞く限りじゃ、理沙の読んだ本は普通っていうべきかわからないけど、とにかくエロは無いようだ。俺はほっと安心していると、理沙は不思議そうに俺に訊いてきた。


「あれって正兄の本じゃないの?」


「ああ、残念ながらな。あれは俺の馬鹿な友達が置いていったもんだ」



 つまり、こういうことだ。行蔵が俺の部屋に置き忘れていた本を、偶然理沙が発見し、理沙はその本に書かれてあった「理想の妹」像を、俺が求めていると勘違いして、メモに書いてあったような妹キャラを演じてみようと思ったのだろう。



「ということは、正兄は本当にそんなの求めていなかったの?」


「だから何度もいってんだろ。というか、お前は馬鹿正直すぎるぞ」


 仮にその本が俺のもので、俺が「妹萌え」なる属性を秘めていたとしてもだ。実際にそれを実行に移そうなんて考えるか?


「だ、だって……」


 俺の言葉に、理沙は今にも泣きそうになる。俺は藤枝さんの言っていた「真面目すぎる」という理沙の性格について、ようやくわかった。


「と、とにかく、帰ったらその本は俺に渡しなさい。月曜に友達に返しておくから」


 理由はどうあれ、家族関係を壊そうとしたその本は、俺にとっては憎しみの対象で、できるなら燃やしてやりたかった。だがさすがにそれは気が引けるので、俺は月曜あたりに行蔵もしくは神無月を殴ることでこの件をチャラにしようと考えた。


「うん、じゃあこのメモも……」


「捨てろ捨てろそんなもん。俺の妹は、今目の前にいるお前と七桜だけだ」


 ポンと理沙の頭に手を置く。理沙、みるみる紅潮させて、俺の前に出た。


「ほ、ほら正兄! 早く帰ろ!」


「あ、おい……」


 そう言った理沙はそのまま逃げるように前を走っていく。さすが元運動部。自転車を押していることを抜きにしても、理沙の走りはずば抜けて早かった。理沙は駅のある場所を通り過ぎ、そのまま走り去っていった。


「走って帰るつもりかよ……」


 元気というかなんというか……。せめて後ろに乗せてやろうと、俺は自転車にまたがり、理沙を追おうとする。その時だった。


「……ん、あれは」


 商店街内に唯一あるとされる喫茶店「ねむの木」。その入口から見覚えのある男子が出てきた。


 身長百八十以上、精悍な顔つき、引き締まった体、スポーツ万能、学力優秀。どれをとっても勝てる気がしない、わが校一のモテ男、美濃くんだった。


 遠くからでも目立つなやっぱり。美濃くんが外に出てきただけで、周囲を行き交う女性たちの視線が一点に集中されていた。これ以上ここにいると色々きつい。俺はさっさとこの場を離れようと今度こそ自転車を漕ぎ出す。



「今日はありがとうございました」



 背後から聞き慣れた声がした。俺は目一杯にブレーキを握り、急停止した。


「気にしないでいいよ、役に立てて良かったよ」


 キザったらしい声を出し、美濃くんは俺と同じ名字を口にする。嘘だ、あり得ない……。そう何度も頭の中で唱えた俺だったが、本心は理解していた。俺は悟られぬよう、そおっとその声のした方へと顔を向けた。



「……………」

 

 人はどうしようもない状況に陥ると言葉を発せられなくなるということが、今になってわかった。


「模擬試験の答え合わせがあるから帰りは遅くなる……」



電話越しで確かにそう言ったはずなのに……俺のもう一人の妹である七桜は、そこにいた――。


ここで理沙編は終わりです


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