その電話に緊張している暇はなかった
「はあ……はあ……」
激しい息切れ、ふくらはぎが、太ももがけいれんを起こす。俺は一度自転車を下り、息を整える。
距離にしてはおよそ五キロほどの道を、俺はほぼ休みなく漕ぎ続け、十五分ほどで、再び商店街の入口付近までやってきた。
「はあ……はあ……つ、つかれる……!」
決して運動音痴というわけではないが、体育の時間くらいしかまともに体を動かさない俺にとって、有酸素運動と無酸素運動を同時にするようなやり方は、キツイことこの上なかった。
……気持ち悪い、吐きそうだ……! 喉の直前まで出かけた吐瀉物を、俺はぎりぎりの線で我慢し飲み込む。落ち着け……俺はまだ目的を達していない。
一度大きく深呼吸をして少しばかりだが落ち着いてきた。俺は路地に設置された自販機に小銭を投入し、スポーツ飲料を飲み始める。
「………ぷはぁ!」
五百ミリリットルのペットボトルの中身が一気に半分近くまで減った。けれどその分効果はあった。疲れ果てた俺の体に、目的を見失いそうになった俺の頭に、活力が戻ってきた。
「――よっしゃ、頑張って理沙を探さねえと……」
気合を入れ直し、俺はここから理沙が行きそうな場所を探ってみることにする。
再びここまでやってきたのは、別に何の根拠もなくやってきたわけではない。
理沙が俺の言葉にショックを受け、映画館を飛び出したとしたら、冷静な状態ではないはずだ。そんな中で電車に乗るとも考えづらい。藤枝さんの誘いを断り、その後悔に苛まれてぼーっと帰った俺ののように、理沙も同じように無心となって移動したという可能性が多いにあり得る。
そんなわけで、理沙はここから歩いていける、おそらく人気の少ない場所にいると推理した。
「一応、もう一度電話してみるか……」
繋がらないと思いつつも、俺は理沙に電話をかけることにした。だがその前に、携帯がぶるっと震えた。
「理沙か!」
理沙からと思い、俺は慌てて電話に出た。
『あ、真砂くん、どうしたの?』
だが電話の相手は理沙ではなかった。俺の声に、藤枝さんは心配そうな声を出した。
「藤枝さん、なんで……」
『うん、ちょっと気になることがあって電話したんだけど……あの、もしかして理沙ちゃん、家に帰っていなかったの?』
まるですべてを知っているかのように、藤枝さんは理沙のことを尋ねてきた。
「う、うん。実は……」
下手に誤魔化すことなんてできそうにない。俺は正直に、事情を説明した。
「……そう、理沙ちゃんが」
俺の説明に藤枝さんはしばらく無言になった。多分、電話越しで険しい顔をしていることだろう。
「なあ藤枝さん、あいつの行きそうな場所、どこか知らない?」
周囲に人がいることを顧みず、俺は大声で尋ねた。
『それはわかるかもしれないけど……。ねえ、真砂くん』
だが藤枝さんは俺の問いかけにはっきりとは答えず、逆に俺に問いを返した。
『前にわたし、理沙ちゃんのこと、ちょっと真面目すぎるところがあるってって言ったわよね?』
「あ、ああ。けどそれが今なんの関係が……」
『理沙ちゃんの性格から考えて、多分……なんだけどね』
兄妹とはいえ、俺よりも理沙との付き合いの長い藤枝さんは、神妙な声のままに、俺にこう言った。
「理沙ちゃんは、真砂くんの『妹』になりたかったんだと思う……」