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妹たれる  作者: 本間甲介
理沙
12/31

究極の選択


「じゃあ俺、ポップコーンとか買ってくるから、先に席に行っておいてくれ」


「ラジャ!」


 シュピっと敬礼のポーズを取り、理沙は受付でチケットを見せて、館内に入っていった。


「さて……」


 映画が始まるまであと十分。とはいっても最初は例によって、他映画のコマーシャルが入るから、実質十分以上は時間はある。こういうところで買う食べ物は、総じて値段が高い……。


「……いや、やめよう」


 中学時代はよくひっそりと買ってきたお菓子を食べていたが、売店の売上も映画館の収益に繋がっていると、ネットで見たことがある。何よりも、せっかくの妹との楽しい時間を、ケチくさくしたくない。


 まだ間に合う。俺は急いで映画館を出て、近くにあったコンビニでお金を下ろしてくることにした。

 

「……そういえば今日は七桜、塾で試験って言ってたな」


 コンビニに到着し、諭吉一枚を下ろしたところで、ふと俺は今朝七桜と交わした会話を思い出す。


 今日、七桜は全国模試を受けるらしい。俺も一年の頃、普通科ということもあり受けたが、結果は最悪だった。確か俺の時は試験は、五教科やって、三時くらいに終わった気がする。多分、七桜もそれくらいの時間に終わるだろう。


「まあ七桜なら、心配いらないだろう」


 身内びいきを差し置いても、七桜の学力はガキの頃から俺なんかよりもはるかに上にある。おそらく今俺が勉強している範囲なぞ、とっくに理解できているだろう。


「……映画終わった後、三人で夕食にでも食べに行きたいな」


 最近、七桜といっしょにいる機会がかなり少なくなってきたと感じ、俺は今後の予定を組み立てていく。新しい家族ができたことで、あいつが複雑な気持ちを抱いているだろうが、ここらでもっと兄妹でコミュニケーションを取ることは大切だろう。試験が終わった後なら、理沙も断らないだろうしな。



 手数料が無駄にかかってしまうが、この際必要経費と割り切ろう。俺がもう一度、ATMで諭吉を一枚下ろそうとした時だった。


「あ、真砂くんだ」


 聞き覚えのある声がした。カードを挿入直前に、俺は素早く後ろを振り向いた。


「藤枝さん……! えっと……お、おはよう?」


「おはよう! 奇遇だねこんなところで」


 パニックになって、とんちんかんなことを言ってしまった。にも関わらず、普通に返事をしてくれる藤枝さん。こういうところがまた魅力的だ。


「ああ、映画……観に来たんだよ」


 理沙といっしょに……と言おうとした口を、俺は寸前で閉じる。別にやましい気持ちはないのだが、なんとなく言い出しづらかった。


「えーそうなんだ! わたしと一緒だね」


「え、そうなの?」


「うん。もしかして『秋に始まり』っていう映画?」


「そうだけど、藤枝さんも?」


「うん、すっごい奇遇だね! ひょっとして今から始まるやつ?」


「今からっていうか……もう始まっているっていうか……」


 理沙と別れてもう五分はとうに経っていた。まだ本編は始まっていないが、そろそろ行かないとまずいことになりそうだ。


「ほんと? じゃあ今からいっしょに入ろうよ!


「え、一緒にって……その……」


「隣同士でいっしょに観ないって意味だけど……。もしかして真砂くん、映画は一人で観るタイプ?」


「い、いやそんなことはないよ!」


 俺は慌てて否定する。おいおい俺、これってかなりのチャンスなんじゃねえの?


「良かったあ! それじゃわたし映画館の前で待っておくから、急いで来てね!」


「あ、藤枝さん」


 俺が呼び止めようとするよりも先に、藤枝さんは俺に手を振りながら、コンビニを出ていった。一分ほど、俺はその場で固まった。


「マジかよ……!」


 思いがけない誘いに、俺は場所を忘れて歓喜の声を上げたくなった。これっていわゆる「デート」だよな? いやデートだよな?


 脳内のドーパミンが沸き上がってくる。俺は一種の興奮状態に陥っていた。


 こうしてはいられない……。俺はお金を下ろすのをやめ、慌てて藤枝さんを追いかける。


「――あ」


 そこで俺は、はっとなる。


「……理沙、どうしよう……

 おそらく、俺の席を取り、いっしょに映画を観ることを楽しみにしているだろう理沙。同じように、俺と一緒に映画を観ようと言ってくれた藤枝さん……。


 頭の中で天秤が交互にぐらぐらと揺れる。テストのときでも使ったことのないほどに脳を働かせ、俺はこの天秤をどちらに傾けるべきかを、短い時間ながらも必死に考えぬいた――。


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