電車内にて
「おにいちゃん、観る映画はもう決めた?」
淡いピンク色のシャツにに、ショートパンツという、見る人が見ればかなり情欲に駆られそうな服装。いつにもまして気合の入った格好をした理沙は、隣に座る俺に、嬉々として何かを尋ねてきた。
「………」
ガタンゴトン、ガタンゴトン。電車が揺れる。その程よい振動が、俺に心地よさを与えてくれた。
ああ、眠い。昨日は一昨日と同じであんまり眠れなかったからな……。
「お・に・い・ちゃ・ん!」
「うおっ!」
頭がかき回された気分になった。理沙はTPOをわきまえずに、俺の耳元で大きな声を上げた。
「ちゃんと聞いてるの!?」
「聞いてる聞いてる! ちょっとぼーっとしてただけだ!」
耳を抑え、俺は理沙からの第二波を警戒する。
「もう! せっかくのデートなんだよ、もっとしゃっきりしてよ」
「わかったわかった……ん? デート?」
聞き間違えかと、俺は理沙へと聞き返す。
「で、おにいちゃんはどれを観る?」
だが俺の問いかけを無視し、理沙は再び観る映画を尋ねてくる。
「あー、じゃあ……」
一応、今やっている映画を調べてみたが、やはりこれといってすごく観たいと思えるものはなかった。だがそんなことを言えば、理沙が怒るのが目に見えている……。俺は一番に思いついた映画のタイトルを口にした。
「ほんと!? あたしもそれ観たいと思ってたんだ!」
やったーと両手を上げて喜ぼうとする理沙を、俺は寸前のところで押しとどめる。これ以上、電車内で目立つのはゴメンだ。同じ学校の奴もいるかもしれないという不安から、俺は周囲を警戒した。
「ねえおにいちゃん、映画観たあとどこに行く?」
「どこって……帰らないのか?」
「当たり前じゃん!」
それがごく普通に決められたことのように、理沙の中では映画を見終えた後のプランが確立されているようだ。……まあいいか。せっかくの日曜だ。ただ映画を観て帰るのもつまらないだろう。俺は理沙に、映画を観たあとに決めようと、意見を保留した。
「楽しみだなあ!」
鼻歌混じりに喜ぶ理沙。改めて見ると、やっぱ可愛いな……。恋愛感情とか抜きにして、俺は本心からそう思った。
……こうしてみると、行蔵や神無月がうらやましがる理由もわかるような気がする。こうも積極的に「義理の妹」に迫られれば、いくら俺が藤枝さんのことを好きとはいえ、本当にたまにだが、どきっとするときがある。
全国の義理の妹を持つ兄は、みんなこんな風なのだろうか? ふと俺はそんなことを考える。
「んなわけねえか……」
ぼそりと、隣に座る理沙にも気付かれないような小さな声で、俺は呟いた。そう、こんなことは滅多にあるはずがない。理沙のスキンシップが例外なだけだ。
それが多々あるのはやはり恋愛ゲームやラブコメ漫画くらいだろう。
「……ん?」
その時、頭の中で何かが引っかかった。
「どうしたのおにいちゃん?」
「――あ、いや……なんでもない」
理沙に声をかけられ、もう少しで出かけていた答えは、再び頭の奥底に入っていってしまった。俺はもう一度それを探ろうと頭を捻ろうとする。
「あ、おにいちゃん着いたよ」
だがそこで、俺は理沙に手を掴まれ、目的地の駅へと降りることになった。引っかかりは、消え去ってしまった。
「よーし、レッツゴー!」
「お、おい……!」
ぎゅっと俺の腕を掴みながら、理沙は引っ張るように俺と並びながら歩く。掴まれたことで歩きにくい俺は、理沙から腕を放そうとしたが、理沙は決してそれを許さなかった。
「逃げちゃダメだよ!」
さらに力を入れる理沙。周囲の視線が痛々しい。仕方なく、俺は顔をうつむけながら、映画館のある場所までの道を、恥ずかしい思いをして歩くことになった。