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妹たれる  作者: 本間甲介
理沙
10/31

一つの誘いと二つの電話

「ねえおにいちゃん、今度の日曜ってヒマ?」


 夕食を終え、風呂に入り、冷蔵庫に入っていたアイスを食べながらテレビを見ていたときだった。風呂を上がったばかりの理沙が、俺にそんなことを尋ねてきた。


「……今度って、明後日か?」


「うん! ねえ、暇だったら遊びに行かない?」


 そう言って理沙はテーブルの上にいくつかの紙を置く。どれも最近CMで観たことのあ

る、映画のパンフレットだった。


「映画か……」


 アイスを食べ終え、カップをゴミ箱に投げ捨てる。俺はパンフレットを全部手に取り、一枚ずつ見ていく。


「悪い、特に観たいものはねえや」


 ひと通りパンフレットを見終え、俺は理沙にそう言った。


「えーそんな! ねえ、行こうよー!」


「ちょっ……揺らすな……!」


 肩を掴みグラグラと体を揺らしてくる理沙。予想以上に激しい力に頭が気持ち悪くなってきた。


「ねえおにいちゃん!」


「わ、わかったわかった……! 行くよ行く!」


 動きを止めるためとはいえ、俺は不本意ながらもそう言ってしまった。


「ほんと! やったー!」


 肩から手を放し、大げさに両手を上げて喜びの声を上げる。……ここまで喜ばれると、今さらダメとも言いづらいな。俺は大きくため息をつき、日曜日を覚悟した。


「じゃあじゃあ、どの映画観る? あたしはこれなんかいいと思うんだけど……」


「まあそれは当日考えるとして……もう七桜は誘ったのか?」


 できるならもう少し考えて観るものを決めたい。そう思い俺は話を逸らし、理沙に訊いてみた。


「ううん、誘ってないよ」


「じゃあもう塾も終わってるだろうし、メール送っておく――」



「それはダメ」



「……え?」


 意外な、いつもとは声色の違う理沙の言葉に、俺は一瞬思考が停止した。聞き間違えか? 俺は理沙の顔をまじまじと見つめる。


「――あ! いや……別にナオちゃんといっしょに映画に観に行くのが嫌とかじゃなくて……その……ナオちゃん、勉強で忙しいんじゃいかなって思って……!」


 慌てたように理沙は、手をブンブンと振りながらそう弁解する。どう見ても、不自然だった。


「……まあ、そりゃあそうだよな。あいつの学校、進学校だし」


 俺は戸惑いつつもうなずいた。たしかに七桜を誘ったとしても、いっしょに観に行くとは考えにくい。


「う、うん! だからおにいちゃん、今回は二人で観に行こうね!」


「お、おう……!」


 理沙は俺に顔を近づけ、勢いのままに念押しする。どきっとしながら俺はコクリとうなずいた。


「――じゃあおにいちゃん! 観る映画ちゃんと考えていてね! おやすみ!」


 そう言うと理沙は俺から離れ、逃げるようにリビングを出て、ドタバタと大きな音をたてて、二階へ上がっていった。


「……なんだろうな」


 先ほどの理沙の言動に、俺は思わず独り言を呟いた。


「さっきの理沙……なんていうか……」


 七桜を誘おうとした時の、理沙の態度が何かに似ていると思い、俺はそれを模索しようと頭を捻ってみた。あと少しでそれが出そうになったときだった。ポケットから電話の着信音が鳴り響いてきた。


「――ったく、誰だよこんな時間に……!」


 苛立ちながら、俺は携帯を開き電話の主を確認する。行蔵だった。


「……もしもし?」


 電話に出ないと後々面倒くさい。そう思い俺は不本意ながらも電話にでることにした。


『あ、マサゴか? 俺だけどよ』


「なんだこんな時間に? 宿題なら自分でやれよ」


『んなことでいちいち電話するかよ。いやさ、今日の放課後、神無月んちに行ったんだけどよ。あいつまた漫画やゲームが増えてたんだよ。ありゃあ一日いても退屈しねえなあ』


「そうか、じゃあ今度俺も行ってみるよ。じゃあな」


『ちょ、待て待て! まだ話は済んじゃいねえ!』


 行蔵のしょうもない話を一方的に切ろうとしたとき、行蔵は慌てて俺を呼び止めた。


「ならさっさと入れ。面倒くさいから」


『ったく、相変わらずのめんどくさがり屋だなお前は……。それでよ、俺は神無月からいつものように漫画を借りようと思ったわけだ。……普通の漫画な?』


「わかったわかった、『一般向け漫画』だな」


 だいたいわかっているが、行蔵のプライドを守るために、あえてそこについては突っ込まないことにした。行蔵はほっと安堵し電話を続ける。


『でよ、こっからが本題だ。二週間前くらいの土曜によ、俺と神無月でお前の家に遊びに行っただろ?」


「あーそういや……」


 記憶を呼び起こし、そういえばそうだったなと思い出す。あの日、二人は前日に約束していたように、俺の部屋から見つかったレトロゲーム機で、ずっと俺の部屋でゲーム大会をすることになった。


 それ自体はまあ楽しかったんだが、二人は持ってきた漫画やお菓子をひっちゃかめっちゃかに散らかして、けっきょくその日二人は家に泊まることになった。


「お前ら片付けずに帰ったから、あのあと大変だったんだぞ」


 朝になり、二人は寝ぼけ気味の俺に、「帰る」と一言口にしただけで、ゲームは出しっぱなし、お菓子の袋は放りっぱなしと、地獄絵図を残して去っていった。


『まあいいじゃねえかその話は! まあそれで、だ。ちょっと聞きたいんだけどよ、お前の部屋に、『イモれる』ってタイトルの漫画、置きっぱなしじゃねえか? 前お前んちで読んで、また読みたくなって、持ち主の神無月に聞いたら、お前んちに置きっぱなしって言ってたからさ』


「『イモれる』……? いや、そんな漫画は無かったと思うが」


 こんなに散らかったんだ。せっかくだと思い、俺は日曜の午前中を費やして部屋全体を片づけに入ったが、そんなタイトルの漫画は見当たらなかった。


『本当かー? 実は借りパクしてんじゃねえの?』


「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ。そもそも借りてすらいねえよ」


 冗談めかした言い方だったが、そんな理不尽なこと言われれば、さすがに気分が悪くなる。そんな俺の気持ちを声から察したのか、行蔵は慌てて言葉を見繕う。


『冗談だよ! まあ神無月の勘違いかもしれねえし、単に聞いてみただけなんだけどさ』


「神無月に言っとけ。俺は無実だって」


『ああ。……あ、そういえば』


 何かを思い出したかのようにはっと声をあげる行蔵。


「どうした?」


『……あ、いや……。俺あんとき、お前の机の上で読んでたからもしかして……』


「参考書のどこかに混じっているかもってか? 残念だったな、ちゃんと机の上も掃除したけど、そんな漫画は無かった」


 基本、机には勉強に関するもの以外は置かないようにしているので、漫画のような独特のサイズと厚さと装丁がされた本があればすぐ気づくはずだ。


『いやそれなんだけどよ……』


 言いづらそうに、しばらく無言になる行蔵。だんだん眠くなってきたこともあり、俺は早く言うように急かす。



『……いわゆる【薄い本】ってやつだから、気づいていないのかも』


「ああもう、わかったわかった。一応どっかの隙間に入り込んでいないかも見ておいてやるから、もう切るぞ。おやすみ」


 これ以上は平行線だ。根負けした俺は一方的にそう言って電話を切った。


 再び電話が来るのを警戒し、携帯の電源を落とそうとした時だった。そこで、再び着信が鳴った。


「だから俺はそんなタイトルの漫画なんざ借りて……」


『あの……兄さん』


「え?」


 受話口から聞こえてきたのは、野太い男の声ではなく、よく聞き覚えのある女の子の声だった。俺は耳元から携帯を離し、ゆっくりと着信者を確認した。


「あ、七桜か? どうしたんだ?」


 行蔵に対して使った声色から、穏やかな声色に変えて七桜に応える。


『今日、友達とご飯を食べて帰ることになったから、夕食はいらない』


「……ああ、そっか……。あまり遅すぎるなよ……」


『うん、わかった……。それじゃ』


 残念だ。そう脳裏に浮かんだときには、電話は切れていた。俺は肩の力をがっくりと抜き、ソファに全身をもたれさせた。


「ったく、たまには早く帰ってこいよな……」


 ここ最近になって、七桜の帰りが遅くなったことに、俺は文句を言いたくなった。


「……まあ仕方ねえか」


 なんだかんだで帰りが遅いってことは、その分勉強を頑張っているってことだ。将来の夢が何であるかは知らないが、俺はあいつを応援したい。


「頑張れよ、七桜……」


 今まで家のことなどで忙しかったと思うが、これからは俺がもっとサポートしてやろう。俺は再びそう誓った。


「……ねみい」


 ふわあっと大きくあくびをする。明日も早いことだしそろそろ寝るか。俺はソファから立ち上がり、歯を磨きに流しへ向かう。


 歯磨きを終え、俺は玄関以外のすべての戸締りを確認する。俺はリビング以外の明かりをすべて消し、二階に上がった。


「薄い本ね……」


 部屋に入り、先ほどの行蔵の言葉を思い出す。薄い本……そのままの意味なら、厚さのない漫画ということになる。俺は一応、机の本棚を調べ、見落としがないかと調べてみる。


「やっぱ……ないよな」


 本と本の間のみならず、本そのものに挟まっているかもと思い、一冊ずつ取り出しては調べ、取り出しては調べるという行為を続けたが、やはり薄い本は無かった。


「やっぱあいつの勘違いだろ」


 だんだんと面倒くさくなり、俺は電気を消してベッドに倒れ込む。程よい室温が、俺の体をリラックスさせ、すぐに眠りに落ちそうになる。その前に、俺はちょっと気になったことを、携帯で調べてから寝ることにした。


「【薄い本】と」


 検索画面にそう打ち込み検索結果を数秒待つ。薄い本……薄い本……。どこかで聞いたことのあるが、正確には思い出せなかった。検索結果が出た。


「…………あ、そういうことね」


 検索結果一番上に来る、項目名を見て俺は薄い本についての意味がわかり、納得したことから携帯を閉じた。


「人んちでエロ本読んでんじゃねえよ……」


 薄い本。つまりは同人誌。つまりはエロ本。俺は部屋に持ってきた神無月、それをわざわざ俺の前で読んだ行蔵に対し、悪態をつきながら今度こそ眠りについた。


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