結末
これにて終了になります。ありがとうございました。
長編のファンタジー物も書いておりますので是非ご覧ください。
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彼女がいなくなって2日が経った。
「…ただいま。」
帰ってくる返事は無い。上手になった食事の匂いもしない。自分で食事の準備を始める。
「あの、今日は野菜炒めを…」
誰もいないリビングに声をかけたことに気付いて言葉を止める。確認をせずに野菜炒めを作る。火を通し終わって味見をする。
「あ、すみません唐辛子を入れてしまいました。」
『もー!なにやってんのよー!それじゃ私が食べられないじゃない!』
「…」
そんな返答が返って来そうだった。だが返事を返してくれる彼女はいない。
「さて、皿に移しますか。」
自分に言い聞かせるように食器棚を開ける。
『折角買ったんだからこのお皿使ってよ!』
「…そうですね。使いましょうか。」
ピンク色の皿に野菜炒めを盛り付ける。それをテーブルに運ぶ。白米を用意するために茶碗を取り出す。
『お揃いって、なんかいいね!』
「…そうですね。でも1つしか使わなかったらお揃いじゃないですね。」
自分の分の茶碗だけを取り出す。
「…あぁ…しまった…。」
炊飯ジャーのタイマーをセットしておくのを忘れた。炊飯ジャーの中には水に浸っている白米がある。
「仕方ありません。野菜炒めだけで食べましょう。」
ジャーを閉じ茶碗をしまい、テーブルにつく。
『私が!私が言う!』
「…そうですね、お願いしましょうか。」
『えとね、えとね。こうして…いただきます。』
「はい、いただきます。」
野菜炒めを口に運ぶ。
「なんだか味がしませんね。味付けを間違えたでしょうか。」
前を見ても彼女はいない。テレビも、音がしない。やけに広く感じる部屋。
「あぁ、味付けは間違ってなかったみたいです。むしろ塩辛い…。」
頬に温かさを感じる。
「あぁ、泣いていましたか…。通りで…。」
涙が頬を伝って口に入る。
「塩辛いわけですね。」
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「おい!また同じミスだぞ!今日で2回目じゃないか!」
「はぁ…」
「最近ちょっと改善してきたと思ったんだが…。」
「はぁ…すみません。」
「…君、有給残ってるだろ?」
「え?あぁ、はい。使ってませんので。」
「あー丁度いい。使って休んでくれ。それじゃ仕事にならない。今日も帰っていい。」
「はぁ…わかりました。」
言われたとおり荷物をまとめて部屋を出る。
「ねぇ、また暗くなった?あの人。」
「ね。最近良くなったと思ったんだけど…。」
そんなに変わっているつもりは…、いや変わったか。昔は部屋で泣いたことなんてなかった。どこにも寄る気にはならない。まっすぐに家に帰る。
「…ただいま。」
返事が返ってこないことなどもう分かっている。だが言ってしまうのは何故だろう。
「食事の準備をしなくてはいけないのですが…。」
体にそんな気力は残っていない。ベッドに倒れこむ。
あぁ…風呂にも入っていない。これでは布団が汚れてしまうが…。もうこのまま…。
そのまま意識は闇に沈んでいった。
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課長に言われたとおり今日は休むことにする。
そのまま寝てしまったのでスーツは皺だらけ、ベッドは汗臭く、腹も減っている。
「1つずつこなしていくしか…。」
重い腰を上げ、一つ一つこなしていく。シーツを洗濯して洗っている間に朝ごはんを作る。といっても惣菜しかなかったのでそれを使ったのだが。食べ終わった頃には洗濯が終わったのでシーツを干す。曇り空では乾くか不安なところではあるが。普段着に着替え、スーツを紙袋に入れる。クリーニング屋に持っていって即日でクリーニングをしてもらうほかない。
家を出る。どんよりした曇り空はまるで自分の心の内を表しているかのようだった。
クリーニング屋にスーツを預けてからは何も予定が無かったので珍しく街をうろついてみる。
どこもかしこも彼女との思い出がちりばめられていた。
栗色の髪をしている女の子を目で追ってしまっている自分は、傍から見たら不審者だったかもしれない。
動き回っていれば自然と腹も減る。コンビニでホットスナックを買って公園のベンチで食べ始める。
「コンビニのホットスナックを食べるなんていつ振りだろうか。」
小さな頃から家ではこういうものを禁止されていて、初めて食べたのは高校生の頃、小遣いで内緒で購入した時だった。かれこれ10年以上食べてなかった。
「これもなんだか味がしませんね…。塩分や調味料はむしろ多いはずなのですが…。」
なんでだろうと考える。
昔何かの物語で読んだことがある。
「誰かと一緒に食べるご飯は美味しい。ってやつですか。」
それなら合点もいく。彼女の料理は初め食べられたものじゃなかったが、それでもなんだか美味しかったのを思い出す。
「確かに、その文献の正確性には難ありと思いましたが、実体験から得た結果だったのかもしれません。」
ゴミをまとめてしばらく佇む。段々と周りが暗くなってくる。公園で遊んでいた子どものことを母親たしき女性が迎えに来て一緒に手を繋いで帰っていく。
「帰りますか…。」
ここにこれ以上いてもやることはないので帰ることにする。帰宅途中、何度か隣に話しかけようとしてしまったのがなんとも恥ずかしい。
カチャカチャとキーリングから部屋の鍵を見つけ出してドアを開け中に入る。
「…ただいま。」
「あ!お帰りなさい!」
全く、この部屋には彼女との思い出が詰まりすぎている。靴を脱ぎながら引越しを考える。
「うごっ!」
突然胸に衝撃を感じる。そこには彼女の姿があった。
「ちょっと!お帰りなさいって返したんだからもっと驚きなさいよ!」
「え、は、なんで、去ったはずじゃ…。」
突然の出来事に思考が上手く働かない。
「えへへー、ちょっと頑張ってみました!」
頑張ったとは、もしかして今度こそ本当に逃げ出してきたのだろうか。
「あー、多分想像していることとは違うと思うよ。」
「…?」
「えーっとね。研究に超協力してあげて、これからも協力して欲しければ帰すことを約束させたのと、社会でもっと生活することの記録を集めたほうがいいって熱弁してきた!研究所でしか出来ないことは週2日向こうに行ってやるからって。ちゃんと協力するからって。貴方に会いたいからって…」
笑顔のまま涙を流す彼女の顔を見ていたらなんだか噴き出してしまった。
「あっはっは…なんですかその顔は…」
「なによぅ…貴方だって…」
「そうですね、お揃いですね。」
自分の顔も笑っているのに涙が流れ出していることはもう分かっていた。二人揃って笑いながら泣いている光景は傍から見たら不気味に見えたかもしれない。
「ね、私また料理を作ってみたの。冷めないうちに食べよ?」
「そうですね。そうしましょう。」
「ほら、こっち!」
彼女が私の手を取り部屋の奥へ導く。その彼女の手をこちらに強く引き寄せる。彼女の顔が、その息遣いを感じられる位の距離にある。
「…」
彼女は理解したかのように目を閉じた。
そして私と彼女は、キスをした。
「貴方、ちょっと変わった?」
「そうですね、貴女に変えられたかも知れません。」
「ふふ、だと思った。」
「貴女は変わってませんね。」
「んー、そんなこと無いと思うけど?」
「どこが変わったんですか?」
「そうだなー、例えば!」
彼女が唇を押し付けてくる。少し塩味の強いキスは、幸せの味がした。
Fin