同居
彼女が家に転がり込んできてから7日が経った。彼は今日も会社で黙々と仕事をしている。
「ねぇねぇ、このリップ。新作みたいなんだけど気にならない?」
「ちょー気になるー!でもこういうのって写真と実物結構違くない?」
「あー分かる分かる。このサンプルも分からないよねぇ。」
「…それでしたら、確かに写真の色よりも明るく見えます。」
「え!あ!そうなんですか…。ありがとうございます。」
急に話かけられたことで同僚の女性が少し驚いている様子だった。
「いえ、お役に立てたのならなによりです。」
「おい!ちょっと来い!」
課長に呼ばれる。
「またクレームだぞ!どうなってるんだ!」
「申し訳ありません、以後気をつけます。」
「お、おう。それならいいんだ。」
「では解決策を考えてから提出しますのでお待ちいただいてもよろしいですか。」
「お、おう。別にそこまでしなくても気をつけてくれればそれでいい。」
「そうですか。分かりました。」
いつものように仕事をして、定時の鐘がなる。
「…では、失礼します。」
「お、おうお疲れ。」
今日も定時ぴったりに仕事を切り上げ部署に背を向け歩き出す。
「ねぇ、あの人、最近変わったよね。何か少し社交的になったって言うか。」
「うんうん、今まで堅物って感じだったけど、女性物にも理解あっていい感じだよね。」
自分は変わったのか。あまりそういう意識は無かったのだが。そんなことを思いながら一直線に家へ帰る。
「…ただいま。」
「あ!お帰りなさい!お風呂も食事も準備できてるわ、どっちからにする?」
エプロン姿の彼女がひょこっと台所から顔を出す。
「食事からにしましょう。」
「そう!今日はしっかり分量量って作ったから大丈夫なはずよ!」
「そうですか、それは楽しみですね。」
「へっへーん。そうでしょう」
「えぇ、じゃあ何かお手伝いしましょうか。」
「んーっとね。じゃあお皿出してもらおうかな。」
「分かりました。いつものでいいんですか?」
「そうそう、分かってきたじゃない!」
「さすがに毎日言われてますからね。」
彼女が買い物の時にどうしても買いたいといった白地にピンクの花が書いてある皿。それと桜の絵が書かれている茶碗、そのことを言っているのだ。ついでに自分の茶碗もセットで買わされた。もう食器棚にあるのに。
「はーいできたわよ!」
彼女は酢豚を作っていたようだ。よい匂いが鼻腔をくすぐる。
「さぁさぁ食べてみて!」
「…いえ、あなたの準備が終わるまで待ってます。一緒に食べましょう。」
「そ、そう?じゃあちょっと待ってて!」
エプロンを洗濯籠に突っ込み、使ったフライパンをシンクに置き、手を洗って対面に座る。
「えへへ、お待たせ。じゃあ…」
「「いただきます。」」
箸を持って人参をはさむ。形も大きさもいい。端の感触からよい火の通り加減であることも分かる。あとは味だ。
「…そんなに見られていると食べにくいのですが。」
「いいじゃない!どんな感想を聞かせてくれるか楽しみなのよ!」
「…とてもおいしいです。よく作れましたね。私が作るのよりも美味しいかも知れません。」
「や、やったー!初めてOKでた!よし!私も食べる!」
彼女は嬉しそうに自分で作った食事を口に運んでいく。そんな姿を見ているとなんだかこちらまで嬉しくなる。
「…あ、笑った。」
「…え?」
「あなたが笑った顔初めて見た!」
「そ、そうですか。」
「ねぇ!もう一回!」
言われて笑顔を作るものでも無いのではと思ったが、笑ってみる。
「んー、そうじゃなかった。もっと自然な…。…よし!決めた!」
「何をでしょう。」
「私が帰るまでもう一回笑わせて見せる!これが私の目標!」
「なるほど、そうですか。楽しみにしておきます。」
「あー!出来ないと思ってるでしょ!」
逆ですよ、貴女ならまた私を自然と笑顔にしてくれる、そう思っているんです。口には出さずに心にしまっておく。口に出すのは何だか無粋な気がしたのだ。
ただ、そんな彼女の願いが壊されるのはそう遠くない未来だった。