閑話 賢者の思惑
あいつは何者だ。
自らの拠点に戻り魔法研究を続けながらも、途中で意識を切り替えアーガスは考える。
自分でも知り得なかった魔族化の儀式という未知の知識、いくら調査しても5年前に突然現れたとしか思えない空白の経歴、そして子供に似つかわしくないあの聖騎士の力……。
何もかもが未知と謎に包まれている。
あいつはどこからやってきて、どうやってあの力を身に付け、どうしてその知識を知り得たのか。
一人の研究者としての興味は沸くが、この男が今考えている問題はそこではない。
あのケンジ・ガルハートという男が有用であるか、無用であるか、という点だけだ。
冒険者として有能か無能かという事ではない。
仮に自分の手駒や助手ならば、まずは動かし易さが重要になってくる。
長期的に見て動かしにくい者ほど不利益を生む存在はおらず、そんな助手は居ない方がマシだからだ。
なぜなら賢者にとって駒とは性格や性質を理解した上で動かす人形であり、現代でいうところの機械なのである。
故に駒に求める質とは本人の能力ではなく、いかに自分の指示を理解し行動できるかという、愚直さが重要になってくる。
これは賢者アーガスが傲慢であるからというよりは、過程よりも結果や利益を優先する考えから来ていた。
またそうではなく、例えば協力者であった場合ならば話は変わり、今度は本人の力量という点においても重きを置かなくてはならなくなる。
協力者は駒ではない。
自分と対等であるが故にお互いが独立して動き、自分の意志で物事を成す事で結果的に利益を生む存在だからだ。
こうして、賢者アーガスという人間は常に物事の価値を判断している。
ここまでが本音だ。
だが同時に、あいつはそう上手く事を運ばせてはくれないだろうとも思っていた。
その件について様々な情報を照らし合わせ、ケンジ・ガルハートについて出した結論は『極めて有用な協力者だ』である。
この男にとってケンジの未知の来歴は余計なしがらみが無い事を意味し、上手く味方に引き入れれば影響力のある他の組織や勢力に縛られず、お互いに好き勝手に行動する事が出来る。
また実際に魔族化の儀式についての知識は自分の研究に大きな進展をもたらしたし、まだまだ隠しているだろう情報を引き摺り出せればさらなる躍進に繋がるだろう。
今回のこの知識だけとっても、およそ十年は研究が進むだろうと考えている。
魔族の屋敷で見せたあの謎の感知能力も有用だ。
あの力はハイ・エルフやハイ・ドワーフといった種族として上位の者にしか得られない、超希少な固有能力。
あの力があるというだけで捗る仕事もあるくらいである。
唯一の問題は無理に味方に引き込もうとしてしまえば相手の気がこちらに向かず、そのしがらみのない軽い足取りと相まってすぐに自分から離れていくだろう事くらいだ。
アーガスは何も敵対したいとは考えていない。
あくまでもお互いにメリットのある、対等な協力関係としてのビジョンを想定していた。
そしてそこまで考えた時にようやく重要になってくるのが、あいつは何者だというその核心である。
あまりにもその存在が謎すぎて、出会った時からケンジが何を望んで動いているのか、そして何を目的として動いているのかが全く分からない。
望みや目的が分からなければ、お互いにメリットのある協力関係には結びつかないのだ。
こちらはメリットを得られても、向こうがそう感じるとは限らないのだから。
一応ここの地図と招待状は渡したが、果たして食い付くのかどうか、賢者はその事が多少気がかりであった。
だがそれでも多少であり、もし食い付かなければそれはそれで別の手を打つだけだと、そう思っている。
するとそこまで考えた時、アーガスの下に武装した剣士が現れた。
服装はラフで鎧の一つも身に付けていないが、腰に提げられた剣の数は6本にも上る。
右腰に3本、左腰に3本。
いったい何のためにそれ程の武器を所持しているのかは理解不能だが、剣士にとっては意味があるようで、その素性を知るであろうアーガスは特に不思議がった様子もない。
「ようアーガス、魔族の件はどうだった?」
「チッ、お前か脳筋め。その件なら既に片付けた。研究仲間が一人魔族の手によって殺されてしまっていたが、そのツケは奴らに支払わせたから問題はないだろう」
この武装した男は事前にアーガス本人から魔族が問題を起こしている事を聞かされており、そしてターゲットとなる魔族が数十人にもなる同胞を匿っている事を説明されていた。
そんな大多数をすまし顔で一網打尽にしたと聞かされ、驚愕する。
「おうおう、やっぱ賢者様はおっかねぇなぁ。あの隠れるのが上手い魔族共を、片手間のように片付けやがって。万が一にでも敵対した時の事を考えるとチビりそうだぜ。どうだ、いっちょ俺と模擬戦でもしてみねぇか?」
「言ってる事とやっている事が矛盾しているぞ脳筋。馬鹿は一度死んでから出直してこい」
「かぁ~! つれねぇなあ!」
素気無く拒否された剣士は溜息を吐き、やれやれと肩を落とす。
そしてこの二人にとってはいつも通りの茶番を終えた後、ついに本題に入る。
「それで、本当はどうやって解決したんだよ。お前があれだけ下調べをしても、結局どいつが魔族かは確信を持てなかった。あの賢者アーガスが分からなかったんだぜ? それがこの短期間で一気に問題解決ってなりゃ、そりゃあよお、……お前の想定を超え得る何者かの介入があったって事じゃねぇのか?」
剣士は目を鋭くしてそう問い詰める。
彼はその性格故よく脳筋だのなんだのと言われるが、だが決して馬鹿ではない。
直感で動くことこそ多いものの、こうして大事な場面で核心に触れることは一度や二度ではないのだ。
「……チッ、相変わらず変なところで勘の良い奴だ。だがやはり問題はない。その何者かとやらが将来的に手に負えない相手だったとしても、今はまだ俺の力でなんとかなる。……今はな」
「そうか。ならそれはつまり、手が負えなくなる前に、今のうちに協力関係を結びてえってことだな?」
「……そうだ」
「分かった、それだけ聞ければ十分だ。邪魔したな」
剣士はそれだけ告げると、納得したように去っていく。
そして横目でそれを見ていた賢者アーガスもまた、心底面倒くさそうに溜息を吐く。
「剣聖め、俺の様子からあいつの有用性に気付きやがったな。クソッタレが」
これだから勘の良い脳筋は実に面倒くさいと毒を吐きつつも、また自らの研究に没頭していく。
そうして没頭しながらも、賢者はしかし……、と思う。
────もしかしたら、あいつはただの人間である俺程度では測れぬような、そんな存在なのかもしれない。
────それに本当にもしかしたら、俺が救えなかった全てを救ってしまうような存在かもしれない。
そんな可能性に思い至りながらも、とある過去の出来事に想いを馳せるのであった。




