依頼調査3
なんと俺が魔族を判別できるという事で、何の憂いも無くさっそく調査に向かうことになった訳だが、その代わりアーロンからの視線は険しいものになった。
子供を戦力に加えるのはどうなのかとか、そう言った倫理面の問題はこちらでも多少共通しているようだが、俺が既にC級冒険者として一人前の資格を持っている上に、下位魔族であれば圧倒する力をこの男が保有しているため、このような決断に至ったわけである。
まあ当然そんな能力を持つやつなんて簡単には存在しないだろうし、それじゃあお前は一体誰なんだよとか、まさかお前も魔族じゃないだろうなとか、そういった事を頭の中で計算しているに違いない。
まず敵か味方かで怪しんでいるであろう事が、その態度からありありと伝わる。
もう少し隠して欲しいと思うくらいワザと態度に出しているようにも思える。
ただそうして牽制しているのは、俺が仮に敵だった場合でも即座に対処できるぞという警告だろうし、敵の可能性を考慮しながらも連れて行くのは、目の届かないところでこそこそされるよりは、目の届くところで監視していた方がフォローできるからというのが主な理由らしい。
だが安心してくれ、こちらは完全潔白な創造神様だ。
決してマナの不正利用を行ったりはしない。
まあそうは思いつつも、さすがにこの男も魔族を見極める戦力は手放せないらしく、なんだかんだ険しい表情ながら受け入れている。
そして依頼人である魔族が待つ拠点まで赴くと、そこは貴族街の一角にある大きな屋敷だった。
どうやら今回の相手は貴族と繋がりがあるらしく、こんな上層の人間が暮らす場所にまで拠点を構えている。
「おお、ようこそいらっしゃいました冒険者様方。あの火竜相手にもう依頼を達成なされるとは、さすが噂に名高い賢者殿と生きる伝説ララ・サーティラ様の娘さんだ。……して、現物はどちらに?」
屋敷で出迎えたのは恰幅の良い商人風の男で、おそらくこの男が依頼主であるアドラだろう。
ここで顔を顰めるわけにはいかないが、この男からは瘴気の影響が感じられ、もっと言えば屋敷全体からは瘴気が充満しているせいで違和感が凄いことになっている。
間違いなく魔族だ。
というよりアーロンって賢者だったのか。
どうりで底知れない程に強い訳だ。
賢者と言えば、戦闘力面では勇者には及ばないものの、剣聖や聖女と並ぶ上位職業の一角だ。
本人のレベル次第ではあるが、育て上げれば一騎当千どころか万夫不当、いやむしろ天下無双。
魔法におけるパラメーター補正的には向かう所敵なしの、聖騎士を越えた人類最強の一角である。
まあ賢者だからといって国に仕えなければいけないとか、何か役目を負っているとか、そういう設定を追加した覚えはないのでアーロンの背景は分からないが、とにかく強い。
それだけだ。
「依頼にあった現物は後で仲間のダダンが持ち込む手筈になっている。構わないな?」
「ええ、ええ。そういう事でしたら構いませんとも。報酬はその時にお支払いしましょう」
「ああ、それでいい」
アーロンがチラリとこちらに視線を向けて来たので、不自然な動きを悟られないように何食わぬ顔で頷く。
ここに来るまでに事前に取り決めをしておいた魔族発見のサインだ。
ちなみに天獣人は目立つだろうからという理由で、後ろで控えている紅葉には姿を隠してもらっている。
ただでさえ当初のチームメンバーではない俺が居て怪しいのに、天獣人の子供までセットでついてきたら何かあるかもしれないと、余計な警戒を与えてしまうからだ。
どこにでもいるような変哲の無いヒト族の俺で、ギリギリである。
そして屋敷内部に案内され客間に通されると、そこでは今までこの魔族が集めて来たであろう下位竜の鱗や角といった、貴重な素材がいくつも並べられていた。
それを商人が雇う従業員に扮した魔族が取りに来たり、または別の素材を返却しにきたりと忙しなく動いている。
確かに違和感を覚える以外はただの人間にしか見えないな。
忙しくしているのも商品を管理する商人からすれば当然の事だし、俺から儀式には竜の素材が必要だという情報を知っていても、お前が魔族だとは断定できないだろう。
「ははは、申し訳ありません。私共の商売はこうして成り立っている訳でして、些か御見苦しいところをお見せしていますが、どうかご容赦を」
「別にいい。商人とはそういうものだ」
「さすが賢者殿! お話が早くて助かります」
どいつが魔族でどいつが人間かという情報を、人が通りかかる度に逐一頷いて報告をする。
その報告の合間にアーロンの瞳は僅かに鋭くなるが、赤の他人である目の前の男に気付かれる程ではない。
あくまでも魔族を警戒しているという、俺達だけが知っている前提があるからこそ分かるレベルの反応だ。
一応鑑定もその都度かけているが、やはりそこらへんの対策はちゃんととっているようで、不審な点は見当たらない。
まあ鑑定で見抜ける程度の情報ならば、既にアーロンが何かしらの手段で見抜いていただろう。
そうしてしばらくの間、何気ない会話をしつつ時間を潰していると、ついにダダンが用意したという偽物の素材が屋敷に届けられた。
意外と仕事が早いなダダン。
依頼を見つけてからまだ数日だろうに、もうこんな完成度の高い偽物が作れるのか。
ちなみに届けられたのは火竜の角。
俺がアプリで見ていた本物の竜と遜色の無い、完璧な仕上がりだ。
「おお、これはこれは! ……ふむ」
「どうかしたか?」
一瞬喜色満面の笑みで角を手に取ったが、何が気に入らないのか、突然表情を曇らせた。
この感じ、たぶん角が偽物だとバレているな。
これ程までに完成度が高いのに、よく見抜けるなぁ。
鑑定は錬金術師だけの能力だし、この魔族が錬金職を持っているとは考えにくい。
下調べをしたと言っていたし、このメンツがそんな簡単なヘマをする訳がないだろう。
「これは、偽物ですねぇ……」
「ほう、どうしてそれが分かる? そんな証拠はどこにも無いと思うが?」
「ふむふむ。なるほど、そう来ましたか。いやはやこれは困りました……」
商人に偽装した魔族は立ち上がり、部屋をうろうろとしながら「ふむ」とか、「なるほど」とか言いながら行ったり来たりする。
どうやら既に依頼人である自分の存在が何であるか、賢者には伝わっているという想定でいるのだろう。
だが抵抗しようにも、このメンツを相手に彼一人で立ち向かったところで結果は目に見えている。
そして増援を呼んだところで、死体が増えるだけ。
そんな事を頭の中で計算しながら、では被害を減らしこの町から一時撤退するためにはどうするべきか、という考えがあるはず。
幸い俺がどういう存在かは知られていないので、彼の計算ではいくらかの被害は出すものの致命打ではない、とか思っていそうだ。
「ふむ、分かりました。認めましょう。……それで、一体どこまで事情をお察しで?」
「さて、どこまでだろうな? 自分の頭で考えてみるのもまた一興だぞ。……だが覚えておけ。この町で消息を絶った俺の友は、既にこの世には居ない。お前らがどう足掻こうとも、そのツケだけはきっちりと支払ってもらうぞ」
アーロンはそれだけ伝えると、おもむろに魔導書を取り出した。
どうやら俺とのやり取りから情報を整理し、交友関係やその他の繋がりから既に誰が魔族かを割り出していたらしい。
だからこそこうして決戦体勢に移ったのだろう。
さて、それではそろそろアチーブメント達成のお時間だ。




