再び異世界へ2
騎獣モードとなった一尾は俺を背中に乗せ大自然を駆け巡る。
森を抜け、草原を抜け、岩場を抜け……、気づくと辺りに日が昇り朝になる頃には次の町へと辿り着いていた。
大人ではなく10歳の俺を背に乗せているから体重的にも無理がないんだろうけど、よく体力が持つなぁ。
これが妖怪のパワーというやつだろうか。
しかしそれにしても、この騎獣モードの一尾の走行速度は予想以上に速いな。
徒歩なら3日は掛かるであろう道のりを一晩で走破してしまった。
それに馬と違って道が無かったり不安定だったりしても、狐であるこいつがバランスを崩しにくいというのも魅力的な点だ。
たぶん馬だと岩場を全力で駆けるのは危ないだろうからな、その観点からみてもかなり優秀である。
「どうかの男よ、儂は役に立ったかえ?」
「うーむ、……認めざるを得まい」
「うむ。それじゃ朝ごはんをよろしくの」
そう言って一尾は獣になった自分の体を舌で毛づくろいし、満足したところで少女の姿に戻った。
どうやら変化に関しては制限はなく自由自在にできるらしい。
約束通りにコンビニのおにぎりを一尾の前に展開し、俺は考える。
よくよく考えればこの世界には獣人という種族が居る訳で、騎獣モードに変化できるかどうかは別として、一尾がこのまま俺に付いてきたとしてもそこまで問題では無いのではなかろうか。
こいつの種族はまごう事なき妖怪だが、一見すれば狐の獣人に見えない事もないし、というかそのまんまだし。
それに変化を見た感じでは耳や尻尾を隠すことも自由自在だろう。
唯一問題となるのは一尾の戦闘力が低く、これから向かう紛争大陸が危険な事だ。
もし一尾にも異世界で職業補正の恩恵を得られるなら鍛えつつも一緒に旅が出来るが、……果たして妖怪にこの世界のルールは適用されるのだろうか?
もし適用されないのであれば、何かしら強化手段が欲しい。
少し情報が欲しいな、鑑定するか。
嬉しそうな表情でおにぎりを貪る一尾をチェックする。
【一尾の妖狐、紅葉】
姿を隠す幻術が得意。
逃げ足が速く、騎獣に変化する事も可能。
まだまだ本人の力は成長途中だが、潜在能力は亜神に匹敵する。
よく食べ、よく寝て、よく遊べばいずれ九尾の大妖怪への道が開けるだろう。
途方もなく弱い。
……ふむ。
なるほど、……なるほど?
いや、なるほど。
だいたい分かった、こいつは要するに元気いっぱい幸せに生きてればそのうち強くなるって事だろう。
食べて寝て遊ぶと九尾になるって言ってるしな、そういう事だろう。
ただ俺が困惑しているのは、いずれ九尾の大妖怪へと成長するこいつが亜神クラスの力を持つという事だ。
え、なに、九尾って亜神と同格なの?
ヤバいじゃんそれ、地球ではそんなヤバい奴が封印を破ろうとしてるのかよ。
もしこの情報が本当なら、今の俺の戦力では到底九尾に立ち向かう事はできない。
というより、戸神家やその同業達の力が如何ほどかは分からないが、この世界の龍神を一例にあげて戦力を比較すると、どう考えても全滅する未来しか見えないぞ。
これかなりマズいのでは?
下手したら都市のいくつかは滅んじゃうのではないだろうか……。
「なあ一尾、お前のお母さんってやっぱ強いの?」
「む? うむ、強いぞ。たぶんこの前に儂にとどめを刺そうとしていた女陰陽師が、えーっと……、1万人くらい居ても勝負にはならんと思う。まあ、正面から戦えばじゃけど」
そう言ってあまり興味が無さそうに一尾は答え、またもぐもぐと朝ごはんを貪る。
そうか、黒子お嬢さんが一万人いても正面からは勝てないか……。
やっぱ予想通り亜神じゃね、九尾。
「というか、周りからは大妖怪とか言われてるけど、実は神様だったりする?」
「うーむ、良く分からん。人間は大妖怪って言っておるが、母様は自分の事を土地神といっておったし、どっちが本当の事を言っているか儂には判断ができんな。なにせ儂、ただの妖怪じゃし」
たぶんその土地神という九尾の弁は正しいのだろう。
実際に鑑定は亜神に匹敵すると訴えているし、土地神がなんなのかは分からないが神様であることには変わりあるまい。
まあ、知ったからどうだという訳ではないが、これはますますレベル上げに手を抜けなくなったな。
主に俺の生存の為に。
その後は町へは入らずにまた野を駆け山を駆け、時々現れる魔物は俺が処理をしながら旅を続けていく。
時々すれ違う馬車や旅人なんかには驚かれたりするが、俺の事を魔物を調伏し使役するテイマーだと勘違いしたのか、むしろ騎獣モードの一尾を乗りこなす事で10歳が旅をしている事に一定の理解を得られた。
たまに休憩途中でボウズはどこに行くんだとか、珍しい魔物を連れているなとか声を掛けてくる人もいるくらいで、魔物が存在するこちらの世界では一尾も特に悪目立ちする事なく馴染んでいる。
本人もその事を自覚しているのか、騎獣の状態で人間と遭遇する時はただの野生動物の振りをしているようだ。
ここら辺がこいつの頭の良い所で、場の空気や流れを読みすぐに状況を把握する。
戦闘能力は下級冒険者程しかないが、どうやら足手まといになることはないらしい。
そしてそんな旅を続ける中、だいぶ旅も順調に進みいくつかの町を跨ぎ、ついに国境付近にまで辿り着いた俺は、隣の国から越してきたという行商人の噂からこんな事を聞いた。
「13歳にして聖騎士になった天才少女騎士、ですか?」
「ええ、そうなんですよ。私も商人をやってるのでこういう噂には敏くてですね、どうやらこの国ではとある貴族の少女が剣と魔法を極め聖騎士になり、その国でもかなり権力のある騎士の一員として召し抱えられたとか」
ふーむ、貴族の少女が聖騎士か……。
どこかで聞いた事があるような生い立ちの奴だな。
そういえば、あれからミゼットは元気にしているだろうか。
あいつも貴族の少女だし聖騎士を夢に見ていたはずだ。
まさか13歳で聖騎士になれるような超天才という訳ではなかったはずだが、それでも普通ではない才能があったように思える。
もしかしたらあいつも、いずれその天才少女と肩を並べる事になるのかもしれないな。
「へぇ~、そうなんですね。ちょうど知り合いにも聖騎士を目指している少女が居たので、懐かしい感じがします。あ、情報のお礼としてその果物一つ買いますよ」
俺は面白い話を聞かせてくれた行商人に銅貨を一枚差し出し、お礼を述べる。
「はっはっは、まいどあり。それではもう一つ耳よりな情報を。確かその若くして聖騎士になった少女は、幼少の頃に自分を支え導いてくれたとある少年を探しているようです。年齢は今のあなたと同じくらいだったような気がしますが、……まあ昔の話ですからね、今はその青年も大人になっている頃でしょう。いやぁ、ロマンチックですなぁ!」
行商人はそういって追加の情報を俺に教え、その後は良い笑顔で国境を渡って行った。
……ふむ、俺と同じくらいの歳の少年を探している、ね。
あれ?
これ、そのまんまミゼットの事では?
ま、まあいいか、どうせもうあいつは独り立ちをして立派に生きてるんだ。
もし仮にこの少女がミゼットだったとしても、今更俺が出しゃばるような案件ではない。
冷や汗をかきつつも、俺はそのまま気にしないことにして国境を守る兵士に冒険者カードを提示した。




