閑話 戸神黒子3
一話だけ閑話を挟みます。
数日前に妖怪退治の依頼を持ち掛け、斎藤の無双により予想以上の好結果となった翌日。
陰陽師の本流である戸神家の屋敷にて、長女である戸神黒子とその親友である西園寺御門は会議を開いていた。
西園寺がライバル視している相手の屋敷に赴くことは滅多にないが、それでもまだ幼少だった頃はこうして何かと二人で集まり会議を開いていたため、屋敷の者からは客人として快く受け入れられた。
いわゆる幼馴染というやつだ。
「なんなんですの! なんなんですのあの男は!? あの光り輝く剣と光の弾、あんな一撃で妖を滅ぼせる上に無尽蔵に扱える異能なんて、今まで聞いた事もありませんわ!」
「ふふふ。だから言ったではありませんか、斎藤様はお強いですよと」
所属する秘密結社のエリートとして高位の超能力を扱えるはずの彼女は、聖騎士の能力『聖剣招来』と神官の『光弾』の馬鹿げた性能に憤慨する。
本来はそこに『魔力強奪』が合わさる事で、無尽蔵にスキルを発動させるというシナジーを産んでいるのだが、異世界人でもない者にその事が分かるはずもない。
唯一分かっているのは、自分のライバルと認めた相手が心酔している相手の力量が、超能力者である西園寺の想定を大幅に超えていたという事だ。
「おかしいですわ、あんな人材が今まで野に埋もれていたなんて……」
「そうでしょうか? でも実際にあの御方は無用な戦いは避けてきた訳ですから、きっとその力が必要とされる時まで隠し通してきたのでしょう。無為に力を誇示しない、素晴らしい殿方ですわ」
こともなげに答え、親友の追及を躱す。
確かに今までその力の片鱗すら見せず平凡な日常を生きて来たようではあるが、黒子からすればそんな情報は想い人への恋心を引き立てるスパイスにしかならない。
強い力があるのにそれ誇示せず、いざ必要になった時にだけそれを発揮し、そして軽々と問題を解決し人々を救う。
ああ、なんて素敵な御方なのだろうと恋する乙女は思う。
まさに恋は盲目というやつだ。
「ふぅ、分かりました。とりあえず第一関門は突破と見ていいでしょう」
「あら、それはありがとうございます。私も親友に祝福されて幸せですよ」
「か、勘違いなさらないで! まだ第一関門ですわよ!? これから第二関門、第三関門と続きますの、油断しないで下さいな!」
「あらあらそうですか、ふふふ……」
ライバルであり親友への心配からか、今もなお往生際悪く斎藤へのテストをやめようとしない姿に、つい可笑しくなり笑いが零れる。
その様子を見た事でより相手はムキになるのだが、そうと分かっていても止める事ができない。
そしてふと、この幸せな時間、幸せな関係、幸せな恋心がずっと続けばいいのにと黒子は思う。
しかし九尾の大妖怪『玉藻御前』の復活も近い中、いつまでこの幸せが続くかもう分からない。
斎藤の事を信じてはいるが、それでもやはり何も変わらないのではという不安は、常に付きまとっているのだ。
それこそ想いが大きくなり期待が大きくなればなるほど、光が陰を作るように不安も大きくなる。
「こら、せっかく意中の殿方が活躍をしたというのに、そのような悲しい顔をするものではないですわ。……私の認めたあの天才陰陽師である戸神黒子は、いつだって前を向いて居たはずです」
「……失礼しました、西園寺さんの言う通りです。ダメもとでも、ですよね」
「ふん、分かっているのなら良いのです」
二人は幼馴染として、そして親友として己の生き方を再確認する。
「……それで、あなたは先ほどから何を作っていらっしゃるの?」
「ああ、これですか? これはミニ黒子ちゃんですね。後日お暇な時に斎藤様に差し上げる予定で、私の姿を模した身代わりアイテムなんです」
「み、ミニ黒子ちゃん? なんですのその、まるで意中の殿方に愛を伝えるための、砂糖を吐きそうな甘々なネーミングは……」
「うふふ、いいでしょう? でもこれは西園寺さんにだってあげられませんよ。斎藤様だけに贈る特別なアイテムですから」
ミニ黒子ちゃん人形、もとい身代わりアイテムとなる黒子特製の陰陽道具だが、実はここ数日彼女はずっとこれを作り続けていた。
このアイテムは身代わりの対象となった者が肌身離さず持っている事で、一度だけ致死のダメージを肩代わりするという超高級な人形なのである。
それがどれだけ高級かというと、この人形一体作るのに小さめの家が一軒建つといえば分かりやすいだろうか。
妖怪退治で荒稼ぎする陰陽師一族からすれば屁のような額だが、それでもまだ学生の黒子からすればそこそこのお値段であり、今回は無理をいって父の砕牙から少しだけ融資を受けている。
「これを作るのには苦労しました。斎藤様への報酬をケチったお父様を一騎打ちで張り倒し、おじい様に立会人を務めてもらい、家の者に事情を話してようやく依頼の不足分となるであろう報酬金を、このミニ黒子ちゃん人形という形でお支払いする事ができるんです」
嬉しそうに語る親友を見て、西園寺はちょっとどころかかなりドン引きした様子で冷や汗を流す。
あの男にかなり熱が入っているとは思っていたが、この様子は本気だと確信した瞬間であった。
「そ、そうですか……。それは、良かったですわね」
「ええ! これでもし万が一があっても安心です! それに私の姿をしたミニ黒子ちゃんが傍にいてくれる事で、きっといつでもお守りすることができるでしょう。……尤も、あの御方にそれが必要であるとは思えませんが」
目を輝かせて語る親友の表情は、先ほどまでの不安が吹き飛ぶ程に幸せそうだったので、まあこれはこれでありかと思いそのヤンデレ気質を見て見ぬ振りをするのであった。
いや、ヤンデレというよりは過度に重い愛情だろうか。
しかしどちらにせよ、この人形を手渡された斎藤健二が、鑑定結果を見て仰天するのは間違いないだろう。