妖怪退治4
「おかしいですね、ここにもいません。斎藤様の方はどうですか?」
「俺の方も見当たらないですね。全く以って、手がかり無しです」
「そうですか……」
え~、現在この地に赴いた者達総出で、どこかに逃げたと思わしき一尾の妖怪、紅葉を捜索中。
戸神家のお嬢さんも黒服も俺も、みな森の中を駆けずり回ってその足取りを追っている所だ。
そもそもからして何故こうなったのかというと、この一尾が封印されているという祠にやってきたは良いが、既にその封印が破られとっくに妖怪が野に放たれていたというのが事の発端である。
封印が弱まっているのはお嬢さんも把握していたらしいのだが、まさか既に破られていたとは思いもしなかったらしい。
ここから先は戸神家の言い訳になるが、一尾というのは大妖怪である九尾の系列の中でも最も力が弱く、そこまで厳重に管理しなくともどうせ己の力で破ってはこれないだろうと、そう思ったのが失敗だったようだ。
もちろん九尾の影響で封印にガタが来る頃だから、ならばこちらか討滅に向かってしまおうという判断そのものは正しかったが、如何せん一足遅かったようである。
既に一尾の姿は何処にもなく、どこかに行ってしまったと考えるのが妥当だそうだ。
「まあ、居ないものは居ないんだし、一尾の事はまたあとで対策を練ればいいんじゃないですかね」
「そうですね、確かにこのままでは埒が明きません。一旦休憩にしましょう」
そう言って彼女は黒服に携帯椅子を用意してもらい休憩を取る。
おお、あの黒服プロだな。
自らが仕えるお嬢様が疲れて休む事を見越していただけでなく、座りたいタイミングで椅子をスッと差し出したぞ、スッと。
その動きには何の迷いもなく、実に見事だった。
他の黒服も負けじとお茶やお菓子を用意しているようで、彼女が何不自由なく休憩できるよう最善を尽くしている。
はぁ~、これが戸神家に仕える使用人のレベルか。
たぶんガルハート伯爵家よりも一人一人の質が良いんじゃないかな。
もちろん戦闘力面では異世界側が圧倒しているけど、こちらの方は気遣いの差が顕著に出ている。
「さてと、俺は俺でコンビニのおにぎりでも食べて休憩しますかね」
次元収納から取り出したおにぎりを手に取り、ビニールを剝いて口に運ぶ。
運ぶが、噛み応えが無い。
……あれ?
なんかおにぎり消えてるんだけど。
どしてどして?
辺りを見回すが、どこにもおにぎりを落とした形跡はない。
……良く分からないが、消えてしまったものは仕方がない。
もう一度次元収納からおにぎりを取り出し、今度は慎重に、それはもう慎重におにぎりを凝視しながら口に運ぶ。
すると────。
「(スッ……)」
「…………」
するとどうした事だろうか。
なんと何もない空間から穴が開き、小さな子供の手がおにぎりに伸びて俺の大切なツナマヨ(税込み120円)を強奪していくではないないか。
そしてあろうことか、そのままおにぎりは穴へと引きずり込まれて行く。
「ってバレバレじゃぼけぇ!!」
「…………ぬぐぁぁっ!?」
穴に引きずり込まれそうになったおにぎりを死守するため、俺は引っ込んでいく子供の手を握って逆に引きずりだした。
甘い、甘すぎるぞおにぎり泥棒。
貴様が誰かは知らんが、ツナマヨが欲しければ自分で買え!!
「このおにぎりは俺のだ! 人からごはんを取ったら泥棒! この言葉の重さが分かるか!?」
「ぬぁぁぁっ! 後生じゃ、後生じゃからその食料を儂に分けてくれぃ! せっかく封印から出て来たのに、人間の町は変り果て森には動物も果実もない! このままでは餓死してしまう!」
……え、封印?
なんか今封印から出て来たって言わなかった?
引き摺り出した子供をよく見てみると、茶髪の髪の毛の上には狐耳がピョコンとはみ出ており、お尻にはもふもふの尻尾が力無く垂れていた。
まさかこいつは……。
「…………なっ!? 斎藤様、御下がり下さい! それは妖でございます! それも恐らく今回のターゲットとなる一尾の狐です! 結界術一の型、鉄牢!」
「あわ、あわわわわ……。お、陰陽師が、陰陽師がおるぅうううう!?」
まさかとは思ったが、どうやら正真正銘の一尾の狐だったらしい。
ただなんというか、そんな結界術とか使わなくてもたぶんこいつ逃げる力も無いんじゃないかな。
食料となる生き物どころか果物も無く、見るからにこの辺りを彷徨って餓死寸前まで弱っているのが見て取れる。
そりゃあ力を取り戻したら何をするか分かったものじゃないけど、さすがにこの弱った子供の妖怪を力の限り叩き伏せるのはなんというかこう、……弱い物イジメのような気がしてならない。
というか、現に戸神お嬢さんが陰陽師と気づいた一尾は怯えてるし。
たぶん自分が封印された事でトラウマにでもなっているんだろう。
話を聞く限り一族の中で最も弱かったらしいからね、こいつ。
「はぁ……。なんだかなぁ……」
「斎藤様、早く御下がり下さい! 幼い女の子の姿をしていますが、その妖怪は尋常ではない強さと、そして人を欺く知恵を備えております!」
「いや、言ってる事は分かるんだけどね」
一応逃げないように掴んだ手を離さずにはいるが、妖怪の抵抗力を試すために一瞬だけ『魔力強奪』を行ったところ呆気なく成功した。
これ以上強奪したら死んじゃいそうだからしないけど、たぶんこの一尾とかいう妖怪、完全に力を取り戻したところで俺の敵じゃないと思うんだよね。
「後生じゃぁぁぁ! 後生じゃから殺さないでおくれぇ! 大昔に悪さをしたのは悪かった! あれは母様の力が怖くて、仕方なく命令に従っていただけなんじゃぁ!!」
「こ、この女狐め! そうやって斎藤様の同情を誘おうとして……! 小賢しい!!」
いや、うーん。
二人の言い分はとっても良く分かるというか、なんというか。
上司の権力が強く、命が惜しくて馬車馬のように働いていた社畜妖怪である一尾の言い分も分かるし、悪さをしてきたクセに今になって許してもらおうとか虫が良いという、戸神黒子の言い分も分かる。
さて、どうしたものか。
……あっ、そういえばあの手なんかどうだろうか。
「そうか、この地でこいつが許されないという事であれば、俺がこいつを弱っているうちに日本から追放すればいいんだ。そうだこれでいこう」
「どういう事ですか斎藤様?」
思いついたアイディアに戸神お嬢さんが食い付くが、要はこういう事だ。
俺がこのまま一尾を自宅まで連行し、日本での戦利品として次元収納にしまい込み、異世界に連れて行ってしまえばいいという事である。
そうすれば悪逆の限りを尽くす強大な上司である九尾からも逃げられるし、もう日本で悪さをする事も不可能。
仮にこいつが俺を欺くために嘘をつき何かを企んでいたとしても、既に頼りになる上司の九尾は別世界のどこか遠くの存在って訳だ。
完璧な作戦である、これで行こう。
問題は次元収納に生き物が入るかどうかだが、まあたぶん大丈夫だ。
だっておにぎりはいつまで経っても腐らなかったし、腐らなかったということは時間が止まっているという事でもある。
さらに時間が止まっているということは、次元収納内部に危険があっても無くても肉体に影響を及ぼすことは無いという事だ。
うむ、どこにも穴は無いな。
「まあ、ちょっとこちらの事情で特殊な封印、もとい追放の異能が自宅で使えるんですよ。それを執行しますので、ここは俺を信じて任せてもらえると助かります」
「で、ですが……」
「要はもう悪さが出来ないようにすればいいんですよね? なら、これで問題はないはずです。もちろんそれまではこの俺が拘束を解かずに、衰弱させた状態のままにしておきますから」
戸神黒子はしばらく俺と一尾を見て考え込んだようだったが、いくらもがいても俺の手から逃げ出せない一尾を見て一言「分かりました」と呟いた。
ふむ、なんとか信用してもらえたようだ。
この借りはいずれ、他の雑魚妖怪を張り切って退治することで埋めさせてもらうとしよう。