アプリで見る世界の動き
魔族との決戦を終えて自宅の部屋に戻って来た俺は、飯、昼寝、風呂を終えて再度アプリを開いた。
スマホ画面の中では、決戦の地となった森にまだ沢山の人が行き交っている様子が映し出されている。
魔族が生み出した洞窟の内部には、研究者のような出で立ちのヒト族と護衛の騎士や冒険者などがたむろしており、この地で何が起こったのかを調べる人員で埋め尽くされていた。
魔大陸から遠く離れたこの地で魔族を見かけるなんて異例の事だろうし、何か今回の手がかりを見つけるまではしばらくこの状態が続くだろう。
もしまた【ストーリーモード】をプレイするならば、少し時間をスキップしてから再開した方がいいかもしれない。
「しばらく向こうの世界で隠居生活を送っていたが、こちらではまだ1週間しか経っていないのか……」
おおよそ2ヶ月と少し向こうの世界で暮らしていたが、カレンダーを見るとこちらの世界では7日しか経っていなかった。
時間の進み方が違うとは思っていたが、まさか現実では時間の進みが十分の一だったとは……。
これは思わぬ発見である。
電話の履歴やメールを見ると有給を取った事に対する上司からの小言や、休暇中だというのに人手が足りなくなったとかいう理由で、俺の出勤を催促するメッセージで埋め尽くされていた。
俺はそのメッセージ全てをそっと見なかったことにしてゲームを再開する。
正直なところ有給消化の後に会社をやめる身としては、こんなブラックな戯言には付き合ってられない。
できれば今すぐに辞表を叩きつけに行きたい。
「さて、上司の小言は放っておくとして、世界の情勢はどう移り変わったかな?」
世界地図を操作し惑星に点在する島や大陸を見ていく。
とある大陸では人間種同士の戦争が起き、獣人族などを多く含む亜人連合とヒト族の軍隊が戦いを繰り広げているようだ。
この大陸には正直行きたくないが、レベル上げをしやすいというメリットを考えるとあながちハズレ大陸でもない。
候補の一つとして捉えておこう。
次に日本の大きさ程あるとある島では、瘴気にあてられて狂ったと思われる八首の竜族、物語で語られる八岐大蛇のような化け物と個性的な民族衣装を纏った人間種が、今まさに最終決戦の火蓋を切り一対一での死闘を繰り広げていた。
この島国は近くに魔大陸があるために生息する魔物が段違いに強く、さらに魔神や魔王の手先がチラホラと竜族の目を掻い潜って悪さをしているようだ。
……この大陸は無しだな。
別に魔神や大蛇が怖いとかそういう事じゃなくて、単純に冒険者ギルドが無さそうだからだ。
また身分の確保から始め振り出しに戻るのは遠慮したい。
せっかく手に入れたC級冒険者という肩書きがあるので、なるべくなら殆どの島と大陸で通用する冒険者という身分を活かせる地域で活動したいものだ。
同様の理由で龍神が居を構える山脈や魔大陸そのものも無し。
ここらへんはもっと後からでいいだろう。
その後もあちこちに目を向けて世界情勢を見て回ったが、やはり身分の確保とレベル上げという観点では、最初に目をつけた大陸である紛争地域が良さそうだ。
といっても紛争が起きているのはこの大陸全土という訳ではなく、その大陸を大きく占める大国が亜人を弾圧したことにより、その国の反乱軍が決起を起して戦っているという印象だった。
弾圧している大国以外の周囲にある中小の国や、その大国と同じくらいの大きさがある別の国なんかはいたって平和だ。
まあ平和といっても人間である以上争いは避けられないし、多少の小競り合いは起こしているようだが、そんなのはどこでも同じである。
この地球だって大小の違いはあれど、戦争の歴史があれば差別の歴史だっていくらでもあった。
別にこの惑星だけが特別な訳ではないので、特段語ることはない。
そんな事を考えながら世界地図をくるくる回し徘徊していると、ふいに龍神の動きが目に留まった。
いつもなら魔大陸を監視するためにその周囲の山脈や島でじっとしているのだが、彼は突然島を離れ世界樹のある人間大陸へと向かっていく。
ちなみに世界樹がある人間大陸というのは、俺が先日まで活動していた大陸のことである。
樹高1000メートルはありそうな馬鹿でかい樹である世界樹の事も、そのうち見に行こうと思っているが、いかんせん陰陽師一族である戸神家に妖怪退治を誘われている手前、レベル上げを優先してしまいなかなか行く暇がない。
せめて聖騎士のレベルを上げ新スキルを獲得するくらいじゃないと、臆病なおっさんとしては安心できないのだ。
現実世界ではやり直しが効かないため、常に力を蓄え行動は慎重にすべし。
話を戻すが龍神は単騎で世界樹へと向かっていくと、山のように大きな世界樹の麓で着陸した。
いったい何しに来たんだと思ったとたん、今度は世界樹から精霊……、いや女神のような出で立ちの女性が輝きを纏って現れた。
え?
なんで女神?
世界樹からなんか女神が出現したんだけど。
しかも御供であろう半透明の精霊を複数引き連れて。
というか女神っぽい存在が出現しているというのに、世界樹の麓で栄える町の人々は誰一人として気づいた様子がない。
もしかしたら、龍神か女神がなんらかの隠蔽スキルを使っているのかもしれないが、あの女神のデカさで気づかないって相当だな。
世界樹本体程ではないが、女神の身長10メートルくらいあるぞ。
もしかしたら普通の人の肉眼ではそもそも見えなくて、アプリの力だからこそ見えてるのかもしれない。
この説が濃厚だな、うん。
とりあえず世界樹に何があったのかを確認するため、というかそもそも世界樹とは何なのかを知るために【生命進化】の機能を使って解説を探す。
【世界樹】
植物の最終進化形であり、自然そのもの。
龍の最終進化形である龍神と同じく創造神の加護を強く受けており、一種の亜神。
世界樹そのものは戦闘に特化していないが、眷属である大精霊の戦闘力は高いため、総合戦力は龍族に匹敵するほど高い。
世界樹が持つ精霊としての肉体は魔力そのものであるため、大きさの縮尺に意味はなく、自由に規模を変えられる。
別名、精霊神や豊穣の女神などとも呼ばれる。
「へ~」
いや、へ~としか言えない。
そんな存在だったのか世界樹、すごい。
それにしてもいつもいい加減な図鑑解説にしては、今回は随分詳しい説明が出たが、それだけ世界樹という存在はこの惑星にとって重要だという事なのだろうか。
まあ、龍神のように儀式もなにもなく自力で亜神になったような奴だもんな、それだけ凄い奴ってことなんだろう。
ちなみにその後、龍神と世界樹は何かやりとりをした後にすぐに別れ、龍神はまた別のどこかへ旅立っていった。
じっくり見ているとたまに魔大陸に戻って監視業務も並行して行っているようなので、やはりこいつの性格はクソ真面目で決定だ。
一連の行動になんの意味があるかは分からないが、きっと大事な事なんだろう。
いずれ龍神と出会う事があれば何をしていたのか色々聞いてみたい。