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閑話 戸神黒子2

明日からメインストーリーになります。


 とある日の朝、戸神黒子は自らの想い人である斎藤健二の自宅へと訪れていた。

 いつも控えさせている黒服のボディガードは存在せず、その手には目的地となるアパートの部屋番号が記された紙が握られている。


「えーっと、確かご自宅はこの場所ですよね……」


 彼女は方向音痴ではないので当然向かった場所はここで間違いない。

 しかしそこは大豪邸に慣れているお嬢様の感覚からすればあまりに質素で、まるで物置か何かのような風体のボロアパートだった。

 本当にここにあの殿方住んでいるのだろうかと、若干の疑問を抱いているようだ。


 本人が聞けば何を失礼なと思うだろう感想だが、実際に戸神家の物置はこのアパートの一室よりも金がかけられ立派なため、それを見れば納得せざるを得ないだろう。


「と、とりあえずチャイムがついていますし、鳴らしてみましょう」


 しかし幾度チャイムを鳴らしても反応がない。

 やはりここは人間が住むような場所では無かったのではと思う黒子だが、とある事情を思い出し首を横に振った。


「いえ、ですが確かに斎藤様の反応はここで途絶えました。万が一この部屋があの方の住む住居でなかったとしても、彼を見張っていた式神との通信が途切れた事には違いありません」


 何を隠そうこの少女は陰陽師だ。

 よって、自分の想い人兼屋敷の重要人物として一目置かれている斎藤を尾行するため、日本に居る間は常に式神を使い居場所を把握していた。


 だがその式神がある時を境にプツリと反応しなくなり、通信が途絶えてしまった。

 それは斎藤がアプリを使い異世界へと旅立っているためなのだが、そんな奇天烈な真実はいかに陰陽師一族の天才少女といえど把握できるものではなかった。


 式神が通信を途絶えさせたのは何故なのか、普通に考えれば理由は二つある。

 一つ目は自分が尾行されていると気づき、自力で式神を剥がすという真っ当な方法。

 二つ目は尾行していた対象に何かアクシデントが起き、死亡またはそれに連なる大けがを負っているという事だ。


 黒子は二つ目の可能性はまずありえないだろうと思い、斎藤が自力で式神を剥がしたのだと思っている。

 しかしチャイムを鳴らせど反応の無い部屋からは一切の人気が感じられず、頭にもしかしたらという一抹の不安がよぎった。


「いえ、やはりこれは言い訳ですね。私は斎藤様のお力を信じているのにもかかわらず、こうして何かと理由を付けてはお部屋に上がり込もうとしているのです……。私ともあろうものが、こんなにも状況に甘えた考えをするなんて……」


 考えていた二つ目の選択肢を自ら否定し、もしこんな甘い考えを彼に知られたら恥ずかしくて死んでしまうかもしれないと、顔を真っ赤にして悶えてしまう。


 だがせっかく一人で部屋まで来たというのに、何の成果も無しではつまらない。

 そう思った黒子は少しの間だけ熟考し、とある結論に至る。


「そうだ、私がお部屋に上がるのがダメなら、式神を使って覗けばいいのです。そうですね、そうしましょう」


 本人が部屋に上がるのも式神を使って部屋に上がるのも、やっている事は全く同じなのだが、そのことに恋する乙女は気づかない。

 なぜか突然、間接的にやるならセーフという謎のルールを爆誕させたようだ。


 そして鞄から取り出した汎用型の式神を片手に呪文を唱え、自立する仮初の命を誕生させた。

 術者の命令を聞いて、込められた霊力が切れるまで自動で動くロボットのようなものである。


「では式神さん達、斎藤様のお部屋で何か異変が無かったかの捜索をお願いします」


 いくつか誕生した式神達は術者の命令を聞くと、まるで軍人のごとく綺麗にまとまった敬礼をして扉の隙間から部屋内部へ入り込んでいく。

 式神本体は紙切れで出来ている為、扉に鍵がかかっていようがそうでなかろうが、少しの隙間さえあれば自由に移動できるのだ。


 それからしばらくして、任務を終えた式神達が戻って来た。

 扉に備え付けられた鍵を内部からガチャリと回し鍵を開け、対象の部屋から一冊の本のようなものを取り出してまた鍵を閉める。


 もう完全に泥棒そのものだが、それでもなお恋する乙女は気づかない。

 むしろこの本が何かの手がかりなのではないかと、そう疑っている。


「ご苦労様です。あなた達はそこで待機していてください」


 渡された本を開きじっくりと観察する。

 するとそこには斎藤が10年の間で溜めた社員旅行の写真や、たまに部下の宮川と訪れた時に面白かった、ゲームセンターでの最高スコア更新自撮り写真などが無造作に納められていた。

 写真といってもスマホで撮影したものをパソコンに取り込み、安いコピー機で印刷したただの自己満足な記録更新集だ。


 しかし黒子はまさか式神から渡された手がかりが斎藤のアルバムだとは思わず、一瞬ドキリとしてしまう。

 そして目が離せなくなり、気づくとアルバムから一枚の写真を切り取っていた。

 そう、切り取っていたのだ、手刀で。


「……はっ!? わ、私は何をっ!」


 無意識から戻ると、その手には既に手刀によって切り抜かれた、斎藤のドヤ顔写真が手に収められている。

 彼が本来苦手なシューティングゲームで、奇跡的にハイスコアを記録した時に撮った写真だ。

 それはもう、ドヤ顔の中のドヤ顔。

 決めポーズまでつけている。


「か、かっこいい……。で、ではなく! ……ごほん。あのですね式神さん、これは斎藤様の個人的な所有物です。勝手に持ち出していいものではありませんよ?」


 術者からそんな忠告を受けた式神達だったが、彼らは何食わぬ顔でそっぽ向き口笛の吹き真似をする者や、むしろ手刀で写真を切り取ったのを称えるかのようにサムズアップする者までいた。

 天才術者が作り出しただけに、あまりにも個性に溢れている。


 恐らく術者が無意識下で本当に望んでいる事を汲み取り、それを実現すべく実行しているのだろう。

 それはつまり、戸神黒子という少女は斎藤の写真が欲しかったという事になる。


「し、仕方ありませんね……。もう、悪ふざけは今回だけですからね。このアルバムは元の場所に返しておいてください。斎藤様はお部屋にいらっしゃらなかったようですし、私はもう帰ります」


 そう言って切り抜いた写真を何食わぬ顔で財布にしまい込み、まるで何事も無かったのように帰宅する。

 口調だけは怒っているように見えるが、その足取りはどこか軽い。


 本人は絶対に認めないだろうが、想い人の写真を期せずして手に入れた事が嬉しいのだろう。

 だが帰宅する彼女の顔は明るく、というよりニヤけていた。




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[一言] ナチュラルに素手に切れ味宿らせるな()
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