そして始まるクソアプデ3
俺がアプリの機能によって異世界から弾かれて半日程が過ぎた。
現在は九尾一族が運営する異世界喫茶に居候させてもらう形でお邪魔しており、落ち着くまでは彼女らにも協力を仰ぐ事があるため、このまましばらくは同居させてもらうつもりだ。
紅葉やミゼットも既に次元収納からは取り出しており、今は俺の隣で九尾一族と一緒にお茶の間を囲んでいる。
「で、結局向こうの世界は今どうなっているのよ? ケンジが急に慌てたと思ったら、気づいたらこっちの世界に来ているし。正直何が何だか分からないわ」
「うむ。うむ。まあ、儂はこうして母様や姉様たちと一緒にいられるのも心地良いので、あんまり不満とかはないんじゃけども。でも、シーエのことはちょっと心配かのう。せっかく仲良くなったし?」
と、まずはこちらが異世界組の意見である。
正直俺も最初は何が何だか分かっていなかったが、あの後もアプリのログを追っていたらだいたいの事情を知る事が出来たので、この意見についてはまた後で返答しようと思う。
「う~む。にわかには信じられんが、要は余が持つ妖界の様に、お主の持つ異界で何か異変が起きたという事なのか? ということは、うちのバカ娘がまた粗相をした、ということか?」
「あらお母様。私達の妹である紅葉のことを過小評価し過ぎですよ? この娘は一度暴走したら粗相なんてものでは済まされないもの。きっと世界をひっくり返すくらいのことをしてきたのよ」
こちらは一家の大黒柱である玉藻と、姉妹代表である八葉のご意見。
玉藻のやつが俺の持つ異世界のことを一種の異空間と認識し、別世界へと繋がっていると感じているのには驚いたが、まあ当たらずとも遠からずといったところだろうか。
地球産の妖怪である彼女ら九尾が持つ異界というのが、向こうの世界である魔界みたいなものだろう。
何らかの結界により妖界と日本が隔たれているのは知っていたが、別の星という訳ではないから厳密には違う。
だが彼女らに認識しやすい事象で説明するならこの方向性でもいいと感じたので、とりあえず頷いておく。
八葉の意見もまた同じように当たらずとも遠からずみたいなもので、紅葉が世界をひっくり返した訳ではないのだが、結果として世界がひっくり返って困っているのでこちらも説明が省けて丁度良い。
「母様も姉様も、儂のことをなんじゃと思っておるんじゃ?」
「うむ、規格外のバカ娘だな」
「予測不能な可愛い妹よ?」
「う~む……」
母と姉のあんまりな反応に紅葉が納得のいっていない顔をする。
まあ、とりあえず彼女らについてはとりあえず放置でいいだろう。
どちらにせよ九尾一族にはこのあと他世界の創造神を捜索してもらうことになるし、今すぐに解決しなければならないアプリ世界での異変についての話には、ミゼットを中心に進めなくてはならないのだから。
「じゃあ、ミゼット。とりあえず九尾一族は置いておき、まずは俺達が今置かれている状況と、今後しなくてはらない事について話を進めるぞ」
「待ってたわ。あなたの力になれるのなら、いつでもどんと来いよ。任せなさい」
実に頼もしい彼女の返答に頷くと、俺は現状の説明を開始した。
そう、アプリが伝えて来た、この問題を打開するために必要な新たな異世界転移者。
俺が真の意味で創造神として異世界へ送り込む事になる、救世主たるアバターの使用者の条件を。
職業発生以来となる、運営からのアップデート。
いや、クソアップデートの内容を語った。
◇
中島咲はどこにでもいるような私立高校二年生の女子高生だ。
ただちょっと、普段から異世界への行き方を調べたり、魔法とか魔術とかに興味を持ち、さらに小説家になりたいぞ等のWEBサイトを愛読する、どこにでもいる変わった趣味の普通の女子に過ぎない。
そんな彼女は部活にも入っていないため、いつものように学友の女友達と学校帰りに喫茶店やゲームセンターに通い自宅の門限までお茶を濁すのだが、なぜか今日だけは何かが起こりそうな、そんなちょっといつもと違う空気間を感じていた。
「なんだか、今日は何かが起こりそうな気がするのよ!」
「えぇ? またそれなの~? 始まったわ咲の病気が」
「ほっとけほっとけ~。明日になったらケロっと忘れてるから~」
帰り際に何らかの電波を感じている咲は高らかに宣言するが、学友からしてみればこれはいつもの発作なのであった。
というのも、彼女は月一くらいのペースでなんらかの電波を受信しており、事ある度に運命の人だの、きっとあそこには妖怪がだの、実は隣の高校には陰陽師がいるだのと、訳の分からない直感に目覚めるのである。
まあ、今までその事を証明できたことは一度も無いが。
「で、今日は何なの? また運命の人が現れる予感?」
「その通り! いや、ちょっと違うかも?」
「ははは、なにそれ~」
咲自身も自分の直感を本気で信じている訳ではなく、半分冗談でやっているために適当に返答する。
ここらへんの執着の無さが学友にはウケているようであり、いつも彼女の周りには笑顔が絶えなかった。
「ん~。でも、なんかちょっと変なんだよね~。なんというか、いつもと違って、本当にこう、ざわざわっ! ってする感じ?」
「ふ~ん」
咲はいつもとは違い、本当にざわつく悪寒に頭を悩ませながらも信号を渡り帰路につく。
そして、事件は起こった。
『キィ────!!!』
「さ、咲!? 危ない!!」
「え、何が……」
彼女が信号を渡ろうとした時、そこには信号無視で高速運転をする自動車が目の前まで迫って来ていた。
当然普段の彼女であれば、高速で走る車の発する音や、そもそも周りの人の様子等ですぐに危険を察知することができたであろう。
ただ今日ばかりは運が悪く、今の彼女の思考は謎の悪寒の正体に悩まされていた。
よって注意散漫になったその足取りは車を察知する事ができず、人生最後の瞬間になってようやく自分に『死』が訪れている事を察したのであった。
────あっ、私死んだわ。
────そうか、悪寒の正体はこれだったんだ。
そう思ったのも束の間。
走馬灯のように今までの思い出がフラッシュバックする。
人が死の間際に陥ると発動する脳内時間の加速により、既に目と鼻の先まで迫っている車は時間が停止したようにゆっくりと近づいているが、体は動かず避けようもなく……。
避けようもなく……。
「あれ? 本当に車止まってない? っていうか、周りの時間も全部止まってない? 何これ? いや、ナニコレ?」
気が付くと周りの時間が止まったかのように、ではなく、本当に時間が止まった世界がそこにあった。
そしてそんな中、時間が止まったあり得ない世界の中で、コツン、コツン、と響き渡る誰かの足音が迫り、そして────。
────やあ、初めましてお嬢さん。
────実は俺、創造神なんだけど、ちょっと異世界に行ってみたくない?
唐突に現れた謎の中年に、異世界への勧誘を受けたのであった。
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