閑話 魔神の真意
この世界に来た当初、勇者リオンが当時に用意した時空結界を持つ居城にて、大国アーバレストとの戦争の計画に失敗した他世界の魔神は、現状の打破について思考を巡らせていた。
また魔神の傍には他世界の亜神と思わしき二柱もおり、片や龍の鱗と角を生やした偉丈夫、片や橙色の髪をオールバックにした、現代でいうところの不良のような恰好をした青年が控えている。
「あ~、う~ん。これは少し厳しいかもねぇ~。勇者っちが向こうに寝返るのは想定内だったんだけど、まさか創造神の眷属があそこまで優秀だったなんて、これこそ完全に想定外だもんね~」
この言い方では魔神を含めた三柱が追い詰められていると認めているような発言ではあるが、なぜか当の本人────いや、本亜神だろうか────は飄々とした雰囲気を崩さずに余裕そうに答える。
しかし他の二柱はそんな魔神の態度に業を煮やしているのか、苛立ちを隠そうともせずに険しい視線を向ける。
「魔神よ、今の状況を理解しているのか? 我らがここで敗れれば世界の崩壊は必至。そうでなくとも、ここまでこちら側の世界を荒らしておいてタダで済むとは思えん。もはや生きるか死ぬか、やるかやられるかしかないのだぞ」
まず口を開いたのは他世界の龍神。
斎藤健二が創造したこの世界の龍神と比べて人化の術が未熟なのか、いたるところに龍の片鱗が見え隠れする彼は魔神を糾弾する。
しかしこうして世界を跨いだ戦争を始め、力に任せて無理やり殴り込みをかけたのはこの龍神なのだ。
最初から今作戦の知恵袋である魔神を頼ろうとはせず、……否、元々彼の矜持的にも魔神などという世界に敵対するよう生み出された者に頼りたくは無かったのだろうが、この言い方ではまるで責任の押し付けであった。
しかし、それを理解している魔神はニヤリと笑い糾弾を躱す。
「何言ってるのさぁ龍神殿? あたしはちゃんと『創造神が健在である世界の亜神に、力では勝てない』って明言していたよね? それを無視して喧嘩を吹っ掛けて、いざ戦ったら一方的に返り討ちに会いましたじゃぁ……、言い訳にもなってないよ?」
「ぐぬぅ……!!」
元々敵対している亜神とはいえ、その言い分があまりにも正論であったため、自分の責任を認めずにはいられない。
いや、そもそも龍神は自分の不甲斐なさを理解していたのだ。
だがこのままではどうしようも無い事も理解できているため、八つ当たりをしていたに過ぎない。
「あ~、相変わらずウッゼェなぁお前はよ。正論とか言いがかりとか全部どうでもいいだろうがよ。そこのおっさんの言う通り、俺達が相手を壊すか、俺達が壊されるか、それしかないんじゃねーの? ……それとも魔神、お前に何か案があるっていうのか? 面白れぇ、言ってみろよ」
そしてそんな折、ほとんど不良にしか見えない他世界の破壊神が話題に切り込みを入れる。
彼はこう言いつつも魔神が何か策を隠しているのが理解できているようで、確信した様子で続きを促す。
元の世界でも常日頃から素行が悪く、いつも破壊だのなんだのとしか言っていない彼ではあるが、案外頭は悪くないのかもしれない。
むしろ、ある意味脳筋な武の化身たる他世界の龍神よりも、ずっとクセのある者であるようだった。
「ん~、やっぱり話が分かるね破壊神クンは」
「だからその呼び方はウゼェって言ってんだろテメェ。何万年同じ事言わせやがる。壊すぞ」
「はいはい分かった分かった。君に正面から勝負を挑まれたらあたしはひとたまりもないからね、ちゃんと説明させてもらうよ」
そう言って魔神は立ち上がり、虚空に幻影魔法で作りだした黒板のようなものを映し出した。
そこに要点をまとめたものを書きあげ、説明を行う。
「はい注目。まずこの戦争だけどね、結論から言うと必ず勝つ必要はないんだよ。まあ第一目標は創造神の座を奪い取るか、もしくは創造神を完全に殺してこの世界のマナを手に入れる事なんだけど。……でも、それって現状では厳しいよね? 国と国の戦争を利用した釣りも失敗したし、グンゲルとかいう小国を飼いならすのにも失敗しちゃったしねぇ~。というかそもそも、創造神って死んでも生き返るし」
そう前置きをして、さらに魔神は語る。
「だからさぁ、あたしは思うワケ。どうせ勝てない戦争であれば、逃げるのも一手なんじゃないかってねぇ」
「……ほう」
「もったいつけてんじゃねぇって」
魔神の説明に感心する龍神と急かす破壊神。
両者とも両極端な反応を見せるが、共通しているのは聞く価値がありそうだと理解しているところだろうか。
そんな二柱の反応を見てからニヤリと笑い、彼女は続きを話す。
「うん、だからね。あたしはもうすぐ衝突するであろうこの世界の最大戦力、創造神とその眷属、そしてこちらの世界の亜神をエサに、もう一つの世界から彼を呼び戻そうと思っているんだ。それにこの衝突によって双方が傷つくと知っていて、あたしが勇者っちの寝返りに対してわざわざ見逃したのは何故だと思う?」
「うむ? あれを捕まえるのはそもそも困難だろうに、わざわざ見逃した、だと?」
魔神の含みのある言葉に龍神は首をかしげるが、特に思い至るところは無いようですぐさま聞き返す。
しかし反対に、破壊神の表情の変化は劇的だった。
「まっ、まさかテメェ!!! その為にワザとあのガキを逃がしたのか! くそっ、そういう事かよ!!」
「くふふっ」
「…………何のことを言っている破壊神、要点を言え」
魔神の意図に気付いた破壊神は驚愕し、感情のままに備え付けられていたテーブルを灰に変える。
どうやら彼は気が高まると、力を押さえられなくなる性質を持っているようだった。
「まだ分からないかよ筋肉達磨! この女はなぁ、仲間として戦った勇者を見捨てられねぇ創造神の計らいを利用して、もう一つの世界、神界、……ハロルドの奴がいる世界に渡りをつける気なんだよ!」
なにせ勇者が仲間と見なされれば、創造神は勇者の生きてきた世界を見捨てられない。
だからこそ戦争終結後に、創造神は神界にいるであろう同族の創造神、ハロルドを求めてこの世界から一旦離れるであろう。
最初からこの女の狙いはそこなのだと、破壊神は悟った。
だから最終局面と称して一旦逃げはする。
そして逃げた後に創造神ハロルドを神界から呼び戻し、自分達の世界に再召喚するつもりなのだ。
確かに第一目標は世界の奪取ではあったが、相手が手に負えない戦力を持っていると確認できるや否や、布石として残していた勇者を利用する。
これこそがこの魔神の恐るべき所であり、長所であった。
そう、これまでの一連の流れは、全て魔神の手のひらの上の人形劇だったのだ。
◇
「……って、向こうは思っていると思うんだよね。我が父よ~」
「お、おう。そうなのかジーン。え、マジで?」
「なんだよ~。せっかく僕が父から聞いた情報を元に分析してあげたのに、つれないなぁ~。助けてあげたいと思ってるクセにさぁ」
ま、まあそうなんだけどね。
でもなんでジーンの奴が俺の意図をこの短時間で看破してるのかな。
あれ?
全て魔神の手のひらの上って、もしかしてジーンの手のひらの上って事とかけてる?
ま、まさかね……?
「ふむ。それでは私が適度に彼らを痛めつけ、逃げる隙を与えましょう」
「あ、ああ。宜しく龍神。いつも世話をかけるな」
「何を。父に創られし被造物として当然の事です。全てはその御心のままに」
そんなこともあり、真の戦争終結前に向けて会議を行っていたのであった。




