決戦の地へ1
一度日本へとログアウトし、紅葉の様子を母親である九尾に伝えた俺は再びストーリーモードを再開し、勇者リオンと合流した。
現在は合流した彼と紛争の中心地である龍山脈へ向かい、この侵略戦争の根本的解決を図りに行っているところである。
「おお、いよいよ見えて来たな」
「壮観じゃのー」
街にもよらず道なき道を超高速で進む事しばらく。
よく働く紅葉にお礼としてツナマヨを提供していると、海を隔てた遠くには切り立った崖のような、断崖絶壁の山々が連なっているのが見えた。
ちなみにここに来るまでに勇者リオンは創造神の神殿内部へと隔離しており、今は身軽に移動するために紅葉と二人旅である。
きっと神殿内部では今もミゼットと模擬戦を繰り広げている事だろう。
少し前までは勇者リオンに手も足も出なかったであろうミゼットだが、使徒となり戦闘能力が飛躍的に向上してからはその限りではないはず。
下手な亜神よりも数段は強い勇者という存在にどこまで立ち向かえるかは分からないが、俺の見立てではギリギリでミゼットの方が微有利なのではと睨んでいる。
そんな事を考えながらも、さて次はこの海をどう渡ろうかと考えていると、突如上空から巨大な影が舞い降りた。
その影は目算で凡そ五十メートルから百メートル程の体躯を誇り、背中には巨大な翼、そして体中にはびっしりと光沢のある鱗の生えた……、そう、ドラゴンであった。
このマナの感じだと恐らく龍には届かない程度の竜ランクのドラゴン。
生命創造の時の記憶を参考にするならば、たぶん高位古代竜とかそこらへんの最上級竜なのだと推測できる。
ふむ、立派なドラゴンだ。
もしかして俺が接近している事を感じ取った、ジーンもしくは龍神からのお迎えだろうか。
いやはや、至れり尽くせりだね。
しかしそんな事を考えていると、どうやら俺とは別の結論に達したらしい紅葉が、突如騎獣化を解き泣きついてきた。
どうしたどうした。
さっきおにぎり食べたばかりだろうに、もうお腹減ったのか?
それとも食いすぎでお腹痛くなったのか?
「んぁあああああああ!? バケモノに、く、食われるぅ! 嫌じゃぁ! 儂、こんなところで死にたくないぃぃいいい! 助けてたもぉ! 助けてたもぉ男よぉーーー!」
「なんだそんな事か」
「食べられてしまうのじゃーーーーー!!」
俺にしがみつき。大泣きしながら暴れる紅葉を抱きしめて背中をぽんぽんする。
どうやらこいつはこのドラゴンが自分を美味しくいただく捕食者に見えたらしい。
確かに見た目はゴツイし威圧感は半端じゃないのだが、そもそも俺は神託でドラゴンは人を襲わないように設定している。
その上、よく見ると泣きじゃくる紅葉を相手にしたドラゴンが困ったようにおろおろしている所を見れば、こいつが悪意を持って近づいてきたのではない事は一目瞭然であったのだ。
やはり龍神とかからのお迎えと見て間違いないだろう。
海を渡る手段としてこのドラゴンを派遣してくれたに違いない。
というか大前提として、食われるもなにも亜神となった十尾の紅葉がたかが高位古代竜ごときに殺されるはずもないだろうに。
こいつがその気になれば姿を隠すまでもなく、ここからちょっと走り抜けるだけで逃げおおせる事ができるはずなのだ。
やはりどれだけ力をつけても、このビビリ妖怪の本質は何も変わっていないようである。
「ほらほら、もう泣き止め紅葉。そこのドラゴンさんも困ってるぞ。大丈夫大丈夫、怖くないから。ほら、いつまで経っても襲ってこないだろう?」
「GRURURURURU…………」
「んぁ?」
確かに、といった感じで恐る恐る振り返ると、紅葉の前では申し訳なさそうに縮こまるドラゴンが頭を下げて平伏していた。
ここでようやく自分が安全なのだと理解できたようで、「なんじゃ、びびって損した」とか言いながら俺の頬に涙と鼻水をつけた紅葉が何事もなかったかのようにケロっと復活する。
っておい、俺に鼻水つけんな。
あーあーあー、もう紅葉の顔が涎と涙と鼻水でめちゃくちゃだよ。
ほら、ハンカチでチーンしろ、チーン。
そうして大号泣した紅葉の後処理に追われながらも、どうにかこうにか体裁を整えた俺は高位古代竜と思わしきドラゴンに語りかけた。
「待たせたね高位古代竜。それで、君は俺達を迎えに来たという事で間違いないのかな? 指示を出したのは龍神であってる?」
「その通りです我が父よ。私は龍神様の指示により、あなた様を龍山脈へとご案内するために参上致しました。そして、先ほどはそちらのお嬢様を驚かせてしまい大変申し訳……」
「ああ、いいからいいから。紅葉がビビるのはいつもの事だから気にしないでくれ。君に落ち度はないよ」
本来はドラゴンの言葉でしゃべっているのだろうけど、あいにく意味のある言語であれば創造神補正で全て理解できてしまう。
ぶっちゃけ彼には微塵も落ち度がないし、謝らせるのも可愛そうだ。
という訳で諫めることにした。
しかし俺が来ることを感知してこんな準備よく移動手段を派遣してくれるとは、相変わらず龍神のやつは有能だ。
これで心置きなく龍山脈へと向かう事ができるし、高位古代竜の飛行速度で移動するならすぐ辿り着きそうだからな。
下手に船とかで移動してしまうと、魔大陸付近で生息できるレベルの巨大生物たちに船そのものを破壊されてしまい、道中大変なことになっていたかもしれないし。
というか、魔大陸を囲む龍山脈に向かう船なんてものがあるのかどうかも謎だ。
ここがロールプレイングゲームの世界だとするなら、魔大陸はラストダンジョンどころか裏ダンジョンみたいなものだ。
勇者でもなければ、向かおうとする事すらないだろう。
とにかく、こうして至れり尽くせりの手厚い龍神の采配によって、俺は無事に龍山脈へと向かう事に成功したのであった。




