閑話 別世界からの侵略者
瘴気渦巻く魔界の中心地。
禍々しくもどこか威厳と気品に満ちた王座の間で、異世界の魔神であるジーンは閉じていた目を僅かに開けた。
その変化に彼の傍で控えていた魔王級の一角が反応し、即座に頭を垂れる。
「……この世界に、何かが紛れ込んだようだね」
「そのようでございますな。かの父、創造神が住まう世界からの訪問者、という線も考えましたがこれはどうやら別口のようです。……恐らく彼奴らの事は、『侵略者』と呼ぶのが相応しいかと」
ジーンの言葉に魔王は跪いた姿勢のまま頷きを返し、その件について話をさらに掘り下げ始める。
今回この世界に紛れ込んだナニカは、少なくとも彼ら魔族から見て歓迎すべき者達ではなかったようだ。
ジーンは一つため息を吐くと、盤面上に広げていた駒の中に新たな駒を追加し、それを眺めながらニヤリと笑った。
「無数にばら撒いた分身体の僕が一匹殺されたから何事なのかと思ったけど、そうか、侵略者か。で、その侵略者君は勘の良い事に、僕がこの世界の支柱の一つだと気づいたんだね? これは期待できる。どうやら向こうもただの阿呆ではないようだ」
「…………なんと。貴方様の分身体を、殺してのけたというのですか?」
分身体の魔神。
それはつまり、幾千体に及ぶ魔神の操り人形であり、一つ一つは木偶に過ぎない烏合の衆だ。
しかしその気になれば本体から魔力の供給を受け自衛する事もできる、本来世界に解き放つには少々過剰な戦力でもある。
そんな分身体の魔神の一匹を、その侵略者は殺してのけたという。
これはジーン本人にとっては大したことではなくとも、魔王級である彼からすれば十分に驚くべき事であった。
彼くらいの者が慄くのも無理はないのだろう。
「そんなに驚く事かい? 僕からすれば、たかが玩具が一つ壊れた程度の事だよ。それよりも目を向けたいのは分身体を倒せる戦力ではなく、僕が必死に隠蔽している分身体の一匹を探し当て、それがこの世界にとって重要な役割を持つ何かだと認識できる、その観察眼だよ」
そう言って面白そうに盤面の駒を眺めながら、今しがた盤上に設置した『侵略者』の動きに注目する。
だが表情はどこか楽し気でありつつも、いつものような無邪気さとは裏腹に、魔神が魔神足り得る底知れない残忍さを兼ね備えていた。
「だけど、評価できるのはそこまでだね。彼ら、……いや、君達侵略者は既に三つの過ちを犯している。分かるかい?」
魔王の控える前方、王座の手前に転がる者達を眺めながら魔神は語る。
────先ず一つ目の過ち、僕が魔神であると知りながら、君らが無謀にも勝負を挑んだ事。
このような事をすれば当然本体に勘付かれる事になるし、本当に侵略が目的ならば、正体を晒し分身体を無理に倒すメリットは薄かったはずだよね。
そもそも分身体が本体だと錯覚していた可能性もあるけど、その場合はさらに評価が下がるよ。
────さらに一つ、この世界が我が父の創造した別世界であるにも関わず、明らかに事前の調査を怠っていた事。
君達さぁ、戦い方がかなりおざなりだったよ。
向こうでそれなりの立場だったんだろうと窺える振る舞いだったから期待したけど、さすがにスキルの事を知らないのはいただけない。
こちらの世界の人間にはね、職業レベルと、スキルと、魔法という三つの力が備わっているんだ。
当然それに対抗できうる魔神たる僕にも、相応の力が備わっている。
だけどここまではまだ致命的ではない。
本当に致命的だったのは次のコレだ。
────最後に一つ、この世界にとっての根源悪、つまりは魔神である僕の力を侮った事。
どんな世界にも光があれば影があるんだ。
そんな中、根源悪という存在として認識されているという事はつまり、その世界の半分の戦力を保有しているという事に他ならない。
そんな僕に挑戦しておいて、タダで済むはずがないよね?
「だから、こういう事になるのさ。分かったかな?」
「────!! ────!!」
「────!!?」
魔神と魔王の間には、肉体を穴だらけにされ床に張り付けにされる、哀れな侵略者たちの姿があった。
いや、穴だらけにされるならまだマシな方であろう。
侵略者の内の一人は既に両手足、首、胴体がバラバラに分割され、それでもなお不思議な力で生かされているという地獄絵図であったのだから。
「ははっ! 何を言っているのか全く分からないや。でも僕に挑戦した勇者達は、少なくともそんな悲鳴を上げなかったよ? ……それに、そうだ! ちょうどいい、今日は君達を実験台にして、大まかな目的と別世界の知識をその脳に直接聞いてあげよう。そうだな、……まずは君がいいかな?」
「────!!!!」
「大丈夫大丈夫。安心してくれ。……僕の興味が尽きるまでは、死ぬ事も無いと思うから。それじゃ、せいぜい楽しませてくれ給えよ」
魔神ジーンは盤面の駒を動かしながら、世界中に散らばっている分身体と、まだ捕まえていない侵略者たちの闘争を愉しみながら暗い笑みを浮かべたのであった。
こ、こわ……(; ゜д゜)




