未知の来訪者3
ベラル・サーティラから事情を聞き、今回の創造の破綻と関連性のあるであろう犬耳の子供を引き取る事にした。
俺の仲間と出会った時に言葉が通じないのが障害となるだろうけど、まあ元々この子供も目的があってこの世界に来たのだろうし、俺という通訳がいればそのうち言葉を覚える気概ぐらい見せてくれるだろう。
そんな事を思いながらエルフの里を出て行き、少し里から離れた位置の森で創造神の神殿への扉を開いた。
「これは……?」
「ああ、これかぁ……」
確かに、急に荘厳な趣のある扉が現れたら困惑するよな。
とりあえず説明や自己紹介とかは皆の前でしようと思っていたから、色々と省き過ぎたかもしれない。
これはしくじった。
俺は気を取り直すように一旦扉を閉じて、犬耳の子供と視線を合わせるように話しかける。
「そうだな、まずはこちらから自己紹介と行こう。俺の名前は斎藤健二。ケンジと呼んでくれ。少々特殊な事情があり、この世界の人間や君の世界の言葉が理解できるようになっているんだ」
「……ふうん」
犬耳は俺から得た情報を吟味するように思案気に指で顎をさすり、うむうむと頷く。
ちなみに、仕草は知的だがやっているのが子供なので威厳は全くない。
ただ紅葉と違って思慮深い性格のようで、個性や性格的には全く別のモノを持っていると言えるだろう。
「それで、君の名前は?」
「ワタシ? ワタシは実験体1562cf。この世界の創造神と取引をするため、あなたの言う異世界からやってきた組織の組員。ちなみに使い捨て」
お、おう。
いきなりハードな人生を自己紹介されてしまった。
というかそれ名前じゃないから、どうか気づいてくれ。
とりあえず便宜上1562cfだと呼びづらいので、CFから抜粋してシーエと勝手に名付けておこうか。
そして何より重要な情報が、シーエの語っていた創造神との取引という部分だ。
この取引というのが何を指すのか分からない為、内容を聞くまで俺が創造神である事を伏せておくべきか、それとも先に明かして話を進めてしまうべきか迷いどころである。
悪意のある取引だった場合は伏せておいた方がいい。
ただ、この子供が警戒もなく取引の事を明かしている事から、組員というのが嘘でなければ、おそらくこの子供の大本である組織そのものには悪意がないと感じられる。
その組織以外の人間は知らないけどね。
まあ、とりあえず詳細は伏せて徐々に距離を詰めていきますか。
この情報収集は急ぐ事でもないしな。
「よし、名前が長いので暫定的に君はこれからシーエと呼ぶ事にする。異論はあるか?」
「ない。コードネームという概念は組織にも存在していた」
「オーケーだ。なら、次は俺の仲間を紹介しよう。君の世界ではどうだったか知らないが、この世界ではスキルやレベル、魔法という概念がある。俺のこの扉を出す能力も、そういった不思議な力の一つなんだよ」
「ふむ?」
そろそろお腹が減って我慢ができなくなってきたのか、おへそのあたりをさすりながら思案気に首を傾げる。
まず大前提として自力で異世界転移できるぐらいだから、たぶんだが向こうの世界にも同じような超常の力はあるのだろう。
この子自身も似たような力を持っていて、今はそういった経験から俺の能力を類推しているといったところだろうか。
「話の内容は分かった。でも、そろそろ空腹が限界だから、任務の事よりもまず何か食べたい。食事の対価は働いて返す。こうみえてワタシは、実験体の中では唯一異世界への転移に成功した優秀な個体だから、凡その期待には応えられるはず」
俺に引き取られたという状況は既に理解しているようで、言葉さえ通じれば中々理性的な会話が成立するようだ。
エルフの里で暴れていたと聞いていたから少々警戒していたが、これなら無事仲間とも打ち解けられそうである。
しかし、引き取ったのは俺とシーエの利害が一致したためであるため、無理に働いて返す事を意識する必要はない。
律儀なのは良い事だが、俺はこの子を雑用として利用するために雇ったわけじゃないからな。
「わかった、それじゃあ早速扉の中に入ろう。ただ君の境遇を知らないからなんとも言えないが、無理に働こうとはしなくていい。まずは今の状況に慣れてくれ」
「たしかに。それが合理的」
そう言って満を持して創造神の神殿内部に入ると、庭では相変わらずリプレイモードの強敵と戦っているミゼットや、それを無言で眺めているデウス、そしておにぎりを頬張りながらゴロ寝して応援している紅葉の姿が目に入って来た。
今ミゼットが戦っている相手は九尾の本体か……。
あの時の強敵との再現をさっそく行うとは、なんともミゼットらしい。
しかし戦況的には地力の差でやはり九尾がやや有利。
これは負け試合だな。
「あ、やっぱり死んだ」
「……っ!?」
九尾の尾の一撃で脳天を貫かれたミゼットの光景にシーエが絶句する。
おっと、そういえばこの事も説明してなかったな。
ちょっと蒼白になっているので、きっと相当ショッキングな光景だったのだろう。
というかここが処刑施設か何かと勘違いされていそうである。
だがこれは説明するのがややこしいから、ただの訓練だと言って強引に後から納得してもらう他ないだろう。
子供になんて説明すればいいか全く分からないし。
「あ~~~!! ま・け・たぁ~~~~~!! 悔しい~~~!!」
「惜しかったけども、あれはまだ母様ってば本気じゃなかったのう。九本目の尻尾を使わせたところまでは良かったかなと儂は思うんじゃけど、そんなに妖術も使ってなかったし」
あーだーこーだと騒ぎ始める紅葉とミゼットに背後から近づき、紅葉が広げていたおにぎり1ダースの中からひょいとシャケおにぎりをつまみ上げ、シーエに手渡す。
いや紅葉お前、1ダース並べてゴロ寝はないだろ、ピクニックか何かなのかこれは。
というかいくら妖怪とはいえ、だらだらし過ぎていつか本当に太っても知らないからな。
「ほらシーエ、とりあえずの腹ごしらえだ。遠慮せずに何個でも食べて良いぞ」
「あ、ありがとう?」
まだ先ほどの公開処刑、もとい死亡から復活までの逆再生映像に慣れていないのか、しどろもどろになりながらもおにぎりを受け取る。
そんなに警戒しなくても危ない場所じゃないからね、マジで。
だが、とりあえずという形でおにぎりを口にした瞬間口元が緩んだので、きっと気に入ってくれたのだろうと思う。
しかしこうなると当然と言うべきか、それともやれやれと言うべきか。
先ほどまで手元にあったおにぎりを取ろうとして無くなっている事に気づき、音速でこちらに振り向いた紅葉が騒ぎ出し突進してきた。
ニート妖怪のどこにその力が眠っていたんだという速度で駆け寄って来る。
「のじゃ────────────!? おにぎり泥棒じゃ──────!!」
「!?」
「かえせっ」
「むっ」
「小癪なっ」
「むむっ」
……そして、ケモミミVSけもみみの仁義なき戦いが幕を開けた。
やはりレベル的には紅葉とだいたいの釣り合いが取れていたのか、シーエは迫りくる攻撃のことごとくを回避し、おにぎりを食べる。
対して紅葉は続けざまに手刀や足払いを駆使してなんとかおにぎりを奪取しようと、顔を真っ赤にしながら連撃を繰り出し続けているようだ。
お、お前……、その情熱を少しでもレベル上げに当てればすぐにでも進化しそうなのに、なんで努力という概念を放棄してしまったんだ。
本当に残念すぎるニート妖怪である。
だがそこに、柄にもなく熱の入った攻撃を繰り出していたからこそなのか、攻撃に集中しすぎて隙だらけとなっていた防御の方にシーエからの反撃が入った。
「もぐもぐ……。身体能力はワタシより高いかもしれない。でも、攻撃に夢中になりすぎ。もぐもぐ……」
「ぐはぁああああああああああ!!」
シーエの回し蹴りが紅葉の脇腹に命中し、まるでギャグ漫画のワンシーンのような転がり方で神殿の壁まで紅葉がふっとばされた。
一撃KOノックアウトである。
それにしても負け台詞にぐはぁは無いだろ、ぐはぁは。
俺を笑い殺す気か。
勝者、犬耳。




