未知の来訪者1
既に視界には出口の光と、迷宮を守護する兵士のような者の姿が見える。
脱出までにかかった時間は5時間程といったところだろうか。
とりあえず何食わぬ顔で挨拶をしておこうかな。
「警備お疲れ様です」
「むっ? お、おお……。君、いつのまにこの底なしの迷宮に入った? 見た所ヒト族のようだが……、はて……」
この迷宮、底なしの迷宮って名前に変わってたのか。
そこまでは知らなかった。
余談だが、兵士さんの警戒が妙に緩いのは、この里が今までずっと平和だった事にも起因するのだろう。
時代の流れと共に排他的になったとはいえ、ヒト族の争いから里を守り切る事が出来て平和であったからな。
故に外部からの侵入には敏感でも、内部の者に対しては緩いという風潮が広がっていると見える。
俺がこのまま何食わぬ顔で言い訳を述べれば、素通りさせてくれる可能性は高い。
「いやいや、実は知り合いのエルフに招待されて里に来ていたんですけどね? この迷宮には昔々、世界樹を脅かす悪魔が住み着いていたと聞いてちょっと肝試しをしていたんですよ。まあ、中には何も居ませんでしたが」
真実と嘘を織り交ぜてなんとなくそれっぽい事を言うと、さすがに迷宮を守護している兵士さんらしく歴史には詳しいのか、「おお、その事を知っていましたか」とか、「実は大昔に、ヒト族の勇者と名も無き黒髪の青年が悪魔の討伐を成功させていたのですよ」とか、なんか聞いた事のあるフレーズを並べてしきりに頷いていた。
たぶんその黒髪の青年っていうのは俺の事だろう。
アバターの年齢は15歳ジャストにしているし、確かに記録に残ってもおかしくはない感じで活躍もしていた。
きっとベラル・サーティラや、もしくはその母親であるララに世界樹から真実が告げられていたのだろう。
活躍した者の中に勇者の名前が出ているのは、いつの時代も勇者の活躍というのは目覚ましく、またこの時代においてもエルフと敵対するような事がないからだと思う。
上位職筆頭の勇者は、ヒト族が争っている間にも魔大陸を目指して、幾度となくジーンとの戦いを繰り広げていたらしいからな。
時代が変わっても、この最強の人間の存在だけはエルフから受け入れられているらしい。
「それじゃ、俺はこれで失礼します。そろそろヒト族の国にも戻らないといけないので」
「ああ、いい旅を。私もいずれ外には出て見たいと思っていたんだ。君のように気さくなヒト族が今の時代にいるのであれば、いずれ冒険してみるのもいいかもしれないなぁ」
そんな兵士の独り言を尻目に、俺は底なしの迷宮を後にした。
迷宮から一歩でも外に出て久しぶりとなる里の様子を見て回ると、意外というべきかやはりというべきか、これだけの年月が経った今でもそこまで様変わりしている様子は無かった。
世界樹付近には族長であるララ・サーティラが居を構える巨木が聳え立ち、存外に近代的な技術を模した魔法が使われたりしている。
外の世界は様変わりしていたが、この里だけは相変わらずのようだ。
そんな取り留めも無い事をつらつらと考え迷宮付近をうろちょろしていると、俺の感覚ではつい数ヶ月前にも聞いた、なんともデジャヴを感じる台詞が聞こえて来た。
「うんん~~~~~~? あ~、あなた、ど~~~っかで見た事ある魔力していますね~~~。どこだったっかしら、う~ん」
「おや、ベラルさんじゃないですか。だいぶ老けましたね」
「ふ、老け!? な、な、な、なんなのですかあなたは!?」
現れたのはあれから一千年の年月が経ち、エルフの中でもだいぶ成熟したと思われる族長ララの娘、ベラル・サーティラであった。
まだ若かった頃と比べ、言葉遣いにそこはかとなく気品が感じられるが態度は相変わらずのようだ。
この反応、間違いなくベラルである。
以前と比べて若干皺が増え、プラチナブロンドであった髪色からも少しづつ色素が抜けてきているように思える。
とはいえ、まだ30代後半から40代前半といった見た目ではあるが。
ただ、見た目に変化が起きにくいエルフは、その外見と寿命が釣り合わない事が往々にして起こり得るので、あまり参考にはならない。
もうエルフ的に見ても限界なのかもしれないし、もしくは見た目通り30代くらいなのかもしれない。
唯一分かっている事は、世界初のハイ・エルフであるララと比べて寿命は遥かに短いであろうと言う事だけだ。
「うーん、えーっと。……あなたのお名前は?」
「ケンジですよ。今も昔もケンジ・ガルハートと名乗っております。以前は賢者アーガスと、そしてその後の世界では迷宮攻略にてお世話になりました」
そこまで自己紹介すると、ベラルは目をカッと見開き、まるで幽霊かなにかを見るかのように後ずさりをした。
気持ちは分かるけど、女性に引かれるというその態度はちょっと傷つくね。
ただ、一千年も前の事をすぐに思い出してくれた事は素直に嬉しいけど。
「ま、まさか……。いえ、そんな事が……」
「事実です。これでも俺の力は人間の枠組みからちょっと外れていましてね。限定的な時間移動のようなものができるんですよ」
俺としては久しぶりに旧友と出会った程度の感覚なんだが、当然向こうはそうではないだろう。
出会ってしまったものはしょうがないので自己紹介をしたが、さてはて彼女はどう出るかな。
俺としてはこの世界に迫っているという新たな脅威の情報が欲しいので、是非今の時代の情報を融通して欲しいところなのだが……。
そしてしばらく膠着状態でお互い無言になっていると、今度はベラルの方から質問を切り出してきた。
「…………失礼を承知で聞きます。あなたは亜神かなにかなのですか?」
「当たらずも遠からず、といった所ですね。自らが努力して手に入れたような大層な力を持つ訳ではありませんけど、似たような権限を持っています」
そう、俺はアプリの機能や職業補正の重ね掛けでチートとも言える能力を持ってはいるが、悲しい事にこれはあくまでも他者から授かった力でしかない。
この世界を楽しむため、そして問題を解決するためには大いに活用させてもらうが、決してこの強力な力が俺の本質的なステータスとなっている訳ではないのだ。
ここは勘違いしてはいけないところでもある。
「……な、なるほど。……ふぅ。以前から状況的に変だとは思っていましたけど、ようやく謎の一つが理解できました。だけど、そうであるならばより一層あなたの正体が掴めなくなりましたね。度々私達の下に現れては、問題を解決して、まるで最初から居なかったかのように去っていくあなたは一体何者なのか?」
動揺していたベラルは返答に納得し、態度をいつもの装いに戻してからそう告げる。
そりゃそうだ、尤もな感想である。
「何、亜神と似たようなモノとは言いましたが、実際はただの人間と何も変わらないですよ。いつも通り接してください。ベラルさんには幼い頃からお世話になっていますし」
幼いとはいっても、出会った頃もアバター設定上の10歳でしかなかったけど。
まあ、ややこしくなるからこれは伏せておこう。
だがようやく向こうの警戒も緩み始めたようなので、今度はこちらから切り出す。
「ところでつかぬ事を聞きますが、────最近、何か今までに無い変わった事は起きていませんか?」
もちろん、俺という創造神の出現以外で、という注釈付きで。




