閑話 ハリー・テイラー
斎藤健二が九尾との戦いを収束させ、異世界喫茶の準備に追われている頃。
傭兵としての仕事を終えたハリーは、雇い主である日本政府との会談をしていた。
「ではその男がかの九尾を調伏し、最低限の被害でこの国難を食い止めたと?」
「そうだ」
「本当かね? よりにもよって最強の傭兵と名高い君や、超常の類に関する第一人者である戸神家ではなく、その男が?」
「そうだと言っている。何度も言わせるな。俺は嘘を平気で吐くが、仕事には誠実なのが売りなんだよ」
先ほどから何度も繰り返される国の要人からの確認にうんざりしながらも、今回の手柄はその男によるところが大きいと真実を明かす。
彼はその言葉通り仕事には忠実で誠実な人柄故、依頼者である要人もこれ以上は追及する事はできずに閉口した。
もちろん彼とていくらなんでもこれで政府が納得するとも思っていない。
今まで野に隠れていたこれだけの実力者を、政府が利用しないなどという事はありえないからだ。
今後は秘密裏に監視がつくだろうし、どのような経緯でこのような事態になったのかという調査も行われる事になるだろう。
これはあたりまえの事であり、頭がお花畑でもない限り当然気づく事でもあった。
しかし、そうなれば件の人物、斎藤健二とて雁字搦めになってしまうだろう。
だがそれはそれで、そうなってしまうのは彼にとっても幾分か都合が悪かったようだ。
「おっと、変な気を起こすんじゃねぇぞお偉いさんよ。あの男を侮り余計なちょっかいを出すのは悪手だぜ。この俺ですら底が見えねぇとんでも野郎だ。ヘタな事してしっぺ返しをくらってからじゃ遅い事ってのも、世の中にはあるもんだ。なにせ相手はあの邪神を超えるバケモノなんだからな」
「ぬう……。それほどまで危険な存在なのか」
その反応に彼はニヤリと笑い、上手く牽制出来たと心の中でほくそ笑む。
「まあ、そう言う事だな。せいぜい機嫌を損ねないように上手く立ち回れよ」
それだけ伝えると、最後に誰にも聞こえない声で「嘘は、言ってないからな」とだけ言い残しこの場を去って行った。
◇
「さてと。これであの男への義理は果たせたか。俺は確かに仕事に忠実だが、それ以上に貸し借りに対してもっと敏感なんだよ」
彼の言う貸し借りとは、本来自分がミッションを熟さなければならなかった九尾戦において、代わりに戦い問題を片付けてくれた事に他ならない。
今回はその事を借りだと認識し、その返礼として政府からの手を緩めるような対応を取ったと言う事なのだろう。
「もっとも、あの男が邪神をどうにかできなかったとしたら、それならそれでやりようはあったが」
そう語るイギリス最強の傭兵、ハリー・テイラーは自らの銃弾の一つ、血のように真っ赤に染まった禍々しい魔力の弾丸を見つめる。
……血のようなというのは正しくないかもしれない。
彼の持つその弾丸は、まさしく何者かの血が銃弾の形に固まった物のように見えた。
「まあそれでも、対亜神限定武装、血戒弾。祖国の邪神である吸血神。その呪いと血が形を変えた俺の切り札を使わずに済んだって事だけは、ありがたい事だった。こいつはこの国の邪神ではなく、あのクソオヤジに対するカウンターとして使う予定だったからな」
血戒弾を手のひらで転がし、握りしめる。
そうする彼からはただならぬ感情が渦巻いており、自らの語る父親に対する熱い決意のようなものが渦巻いていた。
そもそも彼の言う父親が誰かは分からないが、どうやらイギリスの邪神である吸血神と深い関係があるようだった。
「こいつを一発でもブチ込めば、あのナイン・テイルとて一撃で片がついただろう……。しかし、それでは俺の持つ最強の手札がクソオヤジに割れ対策が取られてしまう。戸神の爺さんには悪いが、奥の手を最後まで温存しておいて良かったぜ。……おっと、そういやアイツへの連絡がまだだったな。いけねぇいけねぇ」
そこまで語ると、彼はおもむろに人目のつかない裏路地へと赴き、人払いの結界まで使用して電話をかける。
「グレース、俺だ。こっちの件は片付いたぜ」
「おや、君にしては仕事が早いね。さすがに小さな島国からの依頼とはいえ、邪神が相手では相当苦戦しただろう? もしかして切り札を使ったのかい?」
電話から漏れ聞こえる会話から察するに歳は若いようだが、声質からは男女の区別がつきにくい中性的な人物のようだった。
どうやらこのグレースと呼ばれた人物も血戒弾の事は知っているようで、彼が他人には隠しておきたかったという事情を考慮するに、相当親密な関係であるらしい事が分かる。
「いんや。使ってない。アレはクソオヤジに向ける以外、最後の最後って時まで温存しておくつもりだからな。この弾の本質は身体の構造そのものである設計図、その内部情報の破壊だ。一発でも当たれば致命傷。強力だが、そういう手札を持っていると分かってしまえば避けられて終わりなんだよ」
その話しぶりから察するに、血戒弾と言われているこの切り札の弾数はごく少量なのだろう。
吸血神と呼ばれた邪神から採取したと思われる血の弾丸故、そうそう数が用意できなかったものと想定される。
「なんと! それでは君は、仮にも邪神相手に通常の戦力で応戦したというのか。それはすごいね! フリーの傭兵とはいえ、聖魔教のランキング1位は伊達じゃないという事か」
「それなんだがな。倒したのは俺じゃないんだ。……というか、依頼は解決したが、ターゲットである邪神そのものは今もピンピンしてる」
「……というと?」
ちぐはぐな会話に電話の相手は疑問符を生じさせ、続きを促す。
「居たんだよ。やべぇ男がな。……おいグレース、あいつは使えるぞ。下手にちょっかいを出せば周りにいるこれまたやべぇ金髪の女と、アンドロイドみたいな機械人形が怖いが、それでも利用する価値がある。この男と面識を持てただけでも、この国に来た甲斐があった」
まるで先ほどの政府への対応とは反対の意見を述べる。
いや、違うか。
彼は自分が利用する時のためにわざわざ、政府への牽制を行っていたのだろう。
もちろん貸し借りというのは嘘ではないのかもしれない。
だが、世の中には一石二鳥という言葉もある。
彼からすれば借りを返すついでに、その返済すらも利用させてもらった、というだけの話なのだ。
「君がそこまで言うなら、そうなんだろうね。それじゃあ、私はその男の事を調査すればいいんだね?」
「そうだ。既にお前が動き易いよう、この国への牽制は行っておいた。あとは頼んだぞ」
「任せてくれ。私は君のチームメンバーだからね。期待には応えてみせるよ」
グレースの承諾を得た事で満足したのか、ハリーは最後に愉悦的な笑みを漏らして電話を切ったのだった。




