異世界喫茶~玉藻店~本日オープン
この国の命運と己の誇りを掛けた九尾との戦いから一週間程が経った。
その間、俺は事後処理としてあちらこちらを駆け回り、土地神としての力を完全に取り戻した九尾や、その娘達が既に害妖ではないことをしっかりと戸神家に説明して回っていた。
最初は半信半疑だった戸神家の面々や、政府から要請を受けて立ちまわっていた秘密結社のような連中らを説得するのは骨が折れたが、明らかに以前とは様子の違う九尾一族や、そして何より源三爺さんや黒子お嬢さんの「もう大丈夫」という口添えもあり、事態はようやく収束しようとしている。
一同の結論としてはもはやこの妖狐一族を仇敵として憎むには値せず、彼女らを管理し纏める者さえいるのであれば問題にはならない、という事で決着がついたようだ。
そう、重要なのは彼女らを管理し纏める者、という側面である。
誰が適任なのか?
そんなのは簡単だ。
彼女らが暴走しても押さえつけるだけの力を持ち、さらに地球人には理解できないなんらかの契約によって魂を縛ったおっさんがそこにいるだろう?
そう、つまり俺だ。
自分で立候補した訳ではないが、いつのまにかそういう事になっていた。
まあ理に適った言い分ではあるので抵抗はせず受け入れたけども。
「しかしのう、まさか太古から生きる土地神たるこの余がこのような恰好など……。なんじゃこのふりふりのメイド服とやらは? こんなハレンチなモノを着て店を営業するなど、信じられん」
「あらあら、まぁまぁ! 似合っていますよ母様。母様の晴れ姿をこの目に焼き付けられて、八葉も幸せにございます」
で、なんだが。
当然のように彼女らを管理し纏めるには金が要る。
いや、金ならあるのだが、そういう事ではない。
つまり彼女らの人生────いや妖生か?────に責任を持つという事は、何か仕事を与えて纏め、俺が管理しなくてはならないと言う事だ。
これはあくまで俺の基準だが、適度に働き日銭を稼ぎ、一家団欒としつつも豊かな毎日を送るという「健全な生活」という前提のもと、彼女らには以前から戸神家やうちの会社と共同で進めていた異世界喫茶を運営してもらう事になったという訳である。
その第一歩として編み出したのが、この一族全員メイド服による狐パラダイスの異世界喫茶、玉藻店。
ふりふりできゃぴきゃぴのメイド服を着こなし見る者を魅了する、まさに完成された可愛さに天元突破の実力を持つパーフェクト女店長、玉藻御前。
本来は俺が異能者向けに創造の神殿産のアイテムや、異世界産のアイテムを販売するつもりで進めていた計画を彼女らに合わせて改装したという訳だ。
ちなみに紅葉は働くという概念を超越したニート妖怪なので、今回はこの限りではない。
奴に接客は無理だと判断し、俺の旅に引き続き同行してもらう事になった。
「へぇ~? ケンジ、あなたこんな格好が好みだったのね。今度、私も着てあげようか?」
「ミゼットか……。うむ、是非頼む」
素晴らしきかな桃源郷。
これが天国か……。
だがそうして油断しているところに、超低温の魔力を纏った何者かの気配が現れた。
「さ・い・と・う・さ・ま?」
「あ、違うんですよ黒子お嬢さん。これはいわゆる彼女らを救った達成感というやつでして、決して邪な気持ちで接している訳ではないのです。本当です」
もちろん嘘ですが。
しかし本当の事は言わない。
おっさんの薄汚れてしまった心は、こうしてすぐに言い訳を述べるものだ。
「ならいいのです。……本当に頼みましたよ? 斎藤様の活躍は晴れて戸神家全体に認められ、婚約も視野に入れてお付き合いしてきなさいと両親から頼まれているのですから」
九尾戦以降、黒子お嬢さんからはこうして包み隠さない熱烈なアプローチを受ける事がある。
以前は奥手だった彼女も、何かが切っ掛けで吹っ切れて少しだけ前向きな性格になったようだ。
これは良い事なのだが、いかんせん婚約の話を持ち出されるとミゼットの機嫌が悪くなることもあり、主に足を踏まれたりスネを蹴られたりするので勘弁して欲しい。
……まあ、ミゼットもこういうポーズを取っているものの本気で嫌がっている訳ではないらしいが。
「しかし青二才、……いや、斎藤健二といったか。むむっ、いやいや、やはり青二才でいいな。お前にはすぐにでもやる事があったのではなかったか? 先ほどから妙な板をチラチラと見ては、まだログインできないのかとか言っておるではないか」
「ああ、それね。それは今さっき解決したよ」
ログインとは勿論異世界へのログインの事であり、ストーリーモードがいつ使用可能になるのかという懸念によるものだった。
あれからしばらくアプリ内部の様子を見ていたが、今回のアップデートには相当な時間がかかるらしく、ついさっきまでずっと時代の更新中となっていて異世界へ戻る事は叶わなかったのだ。
たぶん始まりの創造神とやらのテコ入れでEX職業なんてものが実装されてしまったため、アプリの処理にも時間がかかったのだろうと思う。
今後控えているチャプター、……恐らくは他の創造神との接触がどのような展開になるのかは分からないが、気を引き締めて行かねばならないだろう。
今までとは次元の違う相手だという事を理解しておかなければならない。
それが有益な存在か、それとも害を成す存在か、それは分からない。
だが少なくとも、今回も創造の破綻がどこかに潜んでいる事は間違いないのだろうから。
「ま、なにはともあれ。とりあえず今日から異世界喫茶、玉藻店の開店という事で!」
「うむ。青二才には世話になった故、その仕事任されよう。しかしこの服がな、なんとかならんのか?」
「ならん」
「そうか。ふ、ふむ……」
似合っていると思うんだけどなぁ。
次回、ハリーの閑話へと続きます。




